パパも育児を、って言うけれど─社会の前提が変わっていない
「パパの育児参加が大事だ」
そんな言葉を、ここ数年でよく聞くようになりました。
SNSでもテレビでも、子育てに関わるパパたちの発信が増えていて、
たしかに以前よりも「イクメン」という言葉に代表されるような、
“育児に参加する男性”は増えてきたように感じます。
でも実際に、共働きで子どもを育てながら生活していると、
ふと、こう思うことがあります。
「世の中、“パパも育児を”って言ってるけど、
社会も会社も、“ママが育児をやる”前提のままだよね」
たとえば、平日。
子どもが熱を出したとき、保育園から「お迎えお願いします」と電話がかかってくると、
対応するのは、やっぱりママのほうが多い。
「私の方が融通きくから」「今日は重要な会議があるんでしょ」
そんな会話を、我が家でも何度交わしたか分かりません。
パパがやらないというより、パパがやれない構造になっている。
仕事を抜けると“戦力外”のような空気になる職場。
保護者会やPTAは基本「ママが出席するもの」という無言の圧。
育休は取得できても、復帰後のキャリアには影響があるかもしれないという不安。
本当はもっと関わりたい。でも、関われない。
そんなパパがたくさんいる気がします。
私自身も、第一子のときは仕事中心の生活でした。
残業も出張も当たり前。
子どもが寝た後に帰ってくる生活を続ける中で、
「おれは何のために働いてるんだろう」と、ふと立ち止まる瞬間がありました。
家庭を守るために働いていたはずなのに、
気がつけば家庭から“蚊帳の外”にいた。
結局、育児に参加したパパが“特別”になってしまう社会では、
パパが“普通に”育児することが難しいのだと思い知らされました。
妻とも何度も話し合いました。
「やっぱり、男のほうがキャリア止まるの怖いよね」
「私も育休取ったけど、戻ってきたときの評価、すごく落ちてた」
「“家庭優先してる人”って、評価下がる空気あるよね」
私たち夫婦は、共働きを前提に人生設計してきました。
だからこそ、どちらか一方だけが「育児担当」になってしまうことには違和感があります。
でも、現実には「ママが担う」という空気の方が強くて、
その空気に、私たち自身も巻き込まれてしまう。
「パパも育児を」──
それ自体は、すごく素敵な言葉です。
でも、それを本気で実現するなら、
「ママが育児する前提」を壊す必要があると思います。
会議の調整、スケジュールの融通、
保護者連絡先の「お母さま」前提の文言、
“お迎え=ママ”という無意識の期待。
それを少しずつ、書き換えていくこと。
そのうえで、「パパが育児して当然」という空気を、
時間をかけてでも、広げていくこと。
私は、まだその途中です。
でも、会社ではなく「家庭の時間」を優先する選択を、
少しずつでも増やせるようになってきました。
周囲の目が気になることもあります。
でも、それ以上に、子どもが「パパがいてくれてうれしい」と言ってくれる時間は、
何ものにも代えがたい価値だと感じています。
これから先も、育児の主語が“ママ”である社会の中で、
パパたちは戸惑いながら、悩みながら、育児に関わっていくのだと思います。
でも、声を上げる人が少しずつ増えていけば、
“パパが育児して当たり前”という未来は、
きっと少しずつ近づいてくるのではないでしょうか。
