狐の呉れた赤ん坊:阪東妻三郎

私のイチ押し俳優(の一人 !?)が田村高廣で、テレビ版『狐のくれた赤ん坊』を久しぶりに観たくなり、探したけれど、阪東妻三郎主演の映画版しかありませんでした。
(私はアマプラの子会員(つまり無料)。他に無料で見る術はナシ。😅 )
阪東妻三郎なら田村高廣の実父だし、風貌も似ているしで観ないという選択肢はありません。で、鑑賞後の感想は『観て良かった』でした。昨今流行の伏線などなくスッキリ、どっぷり人情世界に浸ることができたからです。
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京を目指して東海道を上って行けば駿河の国に茶の香り〜〜♪ となるけれど大井川も横たわっている。渡船も架橋も禁止されているこの大河は徒歩渡しのみが幕府に許されていて、それを担う川越人足達の兄貴分が張子の寅八、この物語の主人公(演/阪東妻三郎)。
寅八の楽しみは居酒屋で酒を呑むことで、それについてまわる喧嘩騒ぎも厭わず、むしろ歓迎している節すらある。そんな寅八が人を化かすという噂の悪狐退治に出かけ・・・
寅八に先立ち、手下の人足が狐退治を失敗している。手下が狐退治の現場で起こる異変に怯える様子は滑稽味たっぷり。よし 俺が!と二番手の寅八もおっかなびっくり、腰が引けている風のオーバーな演技や表情も滑稽。
映画の公開日は昭和天皇による玉音放送から三ヶ月も経っていない頃。
制作側には、観客に大笑いしてほしいという思いがあったのだろう。それに戦前戦中をどうにか乗り越えた人々にとって、映画に描かれた人情というものが些かでも癒しになったのではないかと思ったりもしました。
寅八が居酒屋へ連れ帰ったのは狐ではなく人間の赤ん坊だった。
興味津々の連中を前に寅八は
「なあに狐が化けていやがるんだ。そのうち尻尾を掴んでやる」と自信満々に言い切ったけれど、赤ん坊は正真正銘、人間の子だった。
それは赤ん坊どころか女房すらいない寅八にとって実に厄介な話だった。
一度は捨てようと思いもしたが結局それもできず、皆に「育ててみせる」と意地づくで啖呵をきる。赤ん坊には善太と名付け、居酒屋の娘おときや人足達の助けを借りつつ、父と子の暮らしが始まる。
寅八は酒や喧嘩を慎むようになり子煩悩ぶりを発揮する。時には善太最大の危機を救うために我が身を投げ打つ行動に出て人々を驚かせる。
*他に見どころ見せどころは複数あるが(長くなるので)割愛。
その後善太の素性が明らかになり、子供を親へ返すか決断を迫られた寅八は悩み苦しんだ果てにようやく答えを出したのだった。
🏮 物語の舞台は 金谷宿&島田宿界隈
道順= 日本橋(江戸)→ 略 → 島田宿➡金谷宿 → 略 →三条大橋(京)
島田宿側から大井川 を渡り金谷宿側に着き、そこから京方面を目指す事になるが、大井川の川幅が一里(4k)近く、それを詠んだ川柳が
一里塚島田金谷に一つづつ
旅程がほぼ徒歩という現代人には拷問級の状況を、さらりと川柳にするなどして澄まし顔・・・昔の人には到底かないません。
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今回舞台となった島田と金谷は正式な宿場町なので、他の東海道宿場町と同じく大名や公家、幕府役人が泊まる本陣とそれを補う脇本陣があった。
ただ大井川の水嵩が増すと川留めになり、そうなると一般人だけでなく参勤交代の大名行列も両岸の宿に逗留するわけだが、川留め期間が長ければ複数の参勤交代も影響を受ける。当該宿場のみならず地続きの宿場宿場は川越え待ちの人々で溢れ返ったという。

(私の夢に出るなら名乗ってからにしてほしい)
1945年製作/85分/日本
配給:大映
劇場公開日:1945年11月8日
監督・脚本:丸根賛太郎
キャスト
張子の寅八/阪東妻三郎
おとき/橘公子
大黒屋 久右衛門/水野浩
参考:フジテレビ時代劇スペシャル(1981/10/23)
ドラマ版監修:丸根賛太郎(映画版の監督)
キャスト:張子の寅八/田村高廣
おとき/浜木綿子
長い文章を読んで頂き感謝しかありません
ありがとうございました
