「姉が“ひとり横浜に預けられた日”|昭和ひとけた生まれの親父の話⑧」
最近、SNSの動画でよく見るものがある。
アメリカの小さな男の子や女の子に、弟や妹が生まれ、
出産後に初めて赤ちゃんと対面する瞬間の動画だ。
演出があるのかもしれないが、
赤ちゃんを見た子どもが
「この子はだれ? 返してきて!」
双子の赤ちゃんを見た女の子には
「一人多いから、返してきて」
といった字幕がついていた。
私は長男だが、姉がいるので第二子、弟になる。
だからこの子どもたちの気持ちはわからない。
想像では理解できるけれど。
親の愛情が奪われる。
自分が必要とされなくなる。
下の子ばかりかわいがられる。
面白くない。
嫉妬や、妹や弟への憎しみもあるのだろう。
この動画を見るたびに思い出すのは、
私が生まれたときの姉の話だ。
不満や、うらみつらみを、何度も聞かされた。
でもそれは、嫉妬とか愛情が奪われるとか、
そういう話ではなかった。
弟や妹が生まれるとき、
普通の両親は上の子にどんな言葉をかけるのだろう。
「弟ができるんだよ」
「お兄ちゃんになるんだよ」
「妹が生まれるよ」
そんなふうに伝えるのだろうか。
私がおなかの中にいるあいだ、
姉には何も伝えられていなかったらしい。
父も母も、言葉にして知らせていなかった。
「お姉ちゃんになるんだよ」
「〇月ごろ生まれるんだよ」
そういった話は一切なかったという。
私は予定日より早く生まれた。
母は産気づき、破水し、すぐに病院へ運ばれた。
状況のわからない姉は、
当時横浜に住んでいた伯父の家に預けられた。
一人ぼっちにさせられたという思いが、
強く残ったらしい。
父も、そういうフォローができる人ではなかったのかもしれない。
姉は何度も言った。
「あの時は、本当にさびしかった」と。
優しい伯父と伯母の家にいたとはいうものの。
横浜から自宅に戻ると、
「得体の知れない、頭の大きな赤ちゃんが家にいた」
と姉は言っていた。
父は七人兄弟の長男だった。
次の子が生まれることを、いちいち説明する家庭ではなかったのかもしれない。
だから姉への言葉も、
父の中にはなかったのだろうか。
これは私の後付けの解釈かもしれない。
でも、そう思うと少し救われる。
