北海道・函館で、通り過ぎるだけの時間があった
道南初日の松前町の仕事を終え、
夕方五時半に予約していたビジネスホテルに着いた。
六時過ぎ、ロビーで待ち合わせて夕食に出ることになった。
このあとは、散策しながら着いていくだけになりそうだった。
「やあ、お待たせ。少し歩くよ。まだ明るいから気持ちいいだろう」
七月の函館は、まだ空が高い。
潮の匂いを含んだ風が、思いのほか心地よかった。
観光地らしい店構えの並ぶ通りを歩き、
部長が事前に調べていた海鮮居酒屋に入った。
活イカ、根ぼっけ、刺身の盛り合わせ。
次々と並ぶ皿を前に、生ビールを飲む。
派手だが、確かにうまい。
「成約できて良かったな。また来られるかもな」
そう言われながら、
修一は思った。
(今度は一人で、来たいな)
夜の函館は、歩くだけで十分だった。
何かを見るでもなく、
何かを得るでもなく。
ただ、過ぎていく時間の中にいた。
翌朝、部長は朝食を軽く済ませ、
午前中は土産物店をいくつも巡った。
昼は小さな塩ラーメンの店へ。
透き通るスープを一口すすったとき、
これが函館か、と思った。
午後、函館山には上がらなかった。
五稜郭にも、赤レンガにも降りなかった。
ただ、車で通り過ぎただけだった。
空港へ向かう車の中で、
修一は少しだけ安堵していた。
この二日間は、
どこにも“自分の時間”はなかった。
それでも、
確かに函館にいた。
出張旅は、やはり一人がいい。
この旅は、まだ終わらない。
続きは、また別の町で。
この旅の記録は
Kindle本『仕事で旅をしていた』に収録しています。
