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バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」編曲で曲の美しさが変わるのを比較してみた:ケンプ、ブレハッチ

作曲者:バッハ
曲名 :主よ、人の望みの喜びよ BWV 147
演奏者:ヴィルヘルム・ケンプ、ラファウ・ブレハッチ
リズム:★★★★☆
旋律 :★★★★★
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★★

バッハの有名なこの曲を2つの編曲の違いを比較しながら、
なにが違うかを中心に紹介してみようと思う。

ケンプ編曲:J.S. Bach: Herz und Mund und Tat und Leben, BWV 147: Jesu, Joy of Man's Desiring

マイラ・ヘス編曲:J.S. Bach: Herz und Mund und Tat und Leben, Cantata BWV 147: Jesu, Joy of Man's Desiring

この演奏はケンプが編曲して自分で演奏しているものと、
マイラ・ヘスが編曲してブレハッチが演奏したものの2つを出して、
編曲の違いでどう違うのかを聴き比べられるようにしてみた。

この曲は切実に祈りを捧げている感じは余りしない。
祈るというよりも、祈りをささげた後に残った
「感謝の思いを歌にしている」という感じが近いのかもしれない。

ケンプの編曲版を普通に聴くと旋律が余り美しくは聴こえない。
これは困ったなと思いながらも、この編曲のどこに美しさがあるのかを探してみると、声部での会話を中心に聴いてみるとこの曲の美しさが見えるように作られていることに気づいた。声部での会話を良く聴くと声部ごとの美しさがあることに気づくと思う。

それに対してマイラ・ヘスの編曲版だと、声部での会話よりも1本の旋律として、つまり「主旋律+伴奏」の感じで聴いたときに美しさを感じれるように思う。
ヘス版でも多声として感じることは出来るものの、多声として聴くよりも統合して1本の主旋律として扱うほうが美しいうえに聴き易い。
一見するとシンプルな作り美しく感じるヘス版のほうが、声部の会話を意識しないで気軽に聴けるので良いのではないかと思うと思う。

ケンプ: 多声の会話を聴くと声部ごとに美しさが出る
ヘス : 主旋律+伴奏として聴くと美しさが出る


この2つの編曲は、ケンプ版では多声を聴き分けないと美しさが見えてこないという特徴があるものの、どちらも同じように美しく仕上がっている編曲だと思う。

この編曲の違いは2つとも多声的な作りをしていることから合唱をもとに編曲したものと思われるが、ケンプ版のほうが多声を意識して出来るだけそのまま肉厚に多声を表現したのだと思う。ヘス版は多声という扱いではあるもののこの旋律の美しさは独唱のものに近いと思う。

ケンプ:多声を出来る限りそのまま使う。
ヘス :多声を独唱に近い感じに1本の旋律としてシンプルにする。


そして、この曲の編曲と演奏で共通する大事なことは、

神に感謝する気持ちをどうピアノで表現するか。

これだと思う。
ピアノは歌詞のついていない旋律と言うか歌になるわけで、
そこでどう合唱と同じ気持ちをピアノで伝えられるか。
これが2つの編曲やそれを使った演奏での一番の課題ではないかと思う。


この演奏での聴きどころはヘス版は旋律と伴奏のように多声を意識しないでシンプルに聴くといい。ケンプ版は難しくはなるけども声部の会話を意識して、会話する声部ごとの美しさを意識して聴いてみて欲しい。
どちらも聴き方は違うものの同じように美しさを感じられると思う。
そしてどちらの演奏からもちゃんと神への感謝の気持ちが感じられるか。
大事なのはこれだと思う。


この曲は神に切実に祈る曲ではなく神に感謝をささげる曲だった。
だから演奏からは必死さが見えてこない。あるのは清らかな気持ちでの感謝の言葉を音にすること。
たぶんこの曲をもっと美しくすることは出来るんだろう。
だけど、この曲の場合は感謝の気持ちが伝わる演奏じゃないと意味がないんだと思う。


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