ブラームス「7つの幻想曲Op.116:第3曲」構造よりも推進力が美しいと感じる:エフゲニー・キーシン
作曲者:ブラームス
曲名 :7つの幻想曲 Op.116 第3曲
演奏者:エフゲニー・キーシン
リズム:★★★★★
旋律 :★★★★☆
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★★
ブラームスの曲ではあるけども、
構造よりも前へ進む力に魅力を感じる。
そこを中心に紹介してみようと思う。
Brahms: Fantasias (7 Piano Pieces), Op. 116: III. Capriccio in G Minor
この曲は、そんなに構造が美しい感じはしないけども、
とても肉厚でブラームスらしい良い曲じゃないかと始めは思った。
ケンプの演奏で行こうと最初は思ったけども、キーシンの演奏を聴いてみると考えが変わった。確かにケンプの演奏は音のまとまりも良くていい演奏なんだけども、キーシンのこの演奏には積極的な勢いがある。
最初はキーシンの演奏自体が前ノリ気味なだけかと思ったけども、これはアルゲリッチに良く感じるものと同じ攻めの姿勢を感じる。この姿勢は聴いていて圧倒的に気持ちがいい。
この演奏は構造自体はそんなに良い感じには見えない。
だけど違う視点で、曲の推進力がどうなってるかを見てみると、構造ではなく推進力のほうがとても美しいことに気がついた。
まるでショパンのポロネーズかマズルカの推進力をブラームスで応用したような推進力の美しさと気持ち良さがこの演奏にはあると思った。
キーシンがショパンの演奏の応用でブラームスを弾いてるのかと最初は思ったけども、良く考えてみるとこの曲の構造自体に最初から美しい推進力があるんじゃないかと気づいた。そこで他の人の演奏も聴いてみると、キーシンほどじゃないけども、やっぱり推進力を感じる。
つまりキーシンは、ショパンから推進力を持ってきたのではなくて、もともとこの曲にあった推進力の美しさを強調して演奏しているんだと思う。
この曲は、構造を美しく見せる曲の作りではないことは最初に感じた。
ブラームスらしい肉厚な和声が特徴の曲だと思っていた。
だけどもこの曲の一番の特徴は、推進力の美しさにあることが理解できた。
キーシンの積極的な演奏でなかったら気づくのに時間がかかったかもしれないが、この演奏から受ける気持ち良さは演奏の勢いだけじゃなくて、もともとこの曲の持つ推進力から来ているものだと思う。
ブラームスは晩年になって、なんでショパンを思わせるような推進力のある曲を作ったのか気になったけども、調べてみると「ショパン全集」に関わって居たことで、晩年のブラームスにショパンが影響しているものがあるらしいことがわかった。だとするとこの曲がもともとショパンの匂いがする曲の作りになっていても不思議ではないのだろうと思う。
キーシンの演奏からは確かにブラームスの曲なのにショパンの匂いを感じたが同じようにキーシンもこの曲からショパンの匂いを感じながら演奏していたのではないだろうか。
この演奏の聴き方は、勢いのある推進力を中心に聴いてみて欲しい。良く聴くとリズムの良い演奏の時のような綺麗な推進力が回転していることに気づくと思う。そこを感じながら聴くともっといい演奏に聴こえると思う。
この曲やこの演奏はブラームスの晩年の境地で言えば、曲の作りや演奏が積極的すぎてイメージが合わない感じがするのかもしれない。
だけども、この曲は構造よりも推進力からくる積極的な姿勢を持つことが特徴的な曲ではないかと思う。
