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ドビュッシー「版画:雨の庭」庭が見えてくるかが大事:パスカル・ロジェ

作曲者:ドビュッシー
曲名 :版画:雨の庭
演奏者:パスカル・ロジェ
リズム:★★★★☆
旋律 :★★★★☆
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★☆

この曲は風景が見えてくるまでには、
ちょっと時間はかかるかもしれないけども、
いい曲だから紹介してみようと思う。

Debussy: Estampes, CD 108: III. Jardins sous la pluie

思うにこの曲はストーリーを語ると言うよりも、
3分という短い時間でいかに「雨の庭」という風景を
どこまで表現できるかに集中している曲なのではないだろうか。

始まりはボタボタと雨が降り注ぐところから始まる。
雨が地面や葉っぱなどに降り注いでいく表現のようなところもある。
そして嵐が来て荒れ狂い。しばらくすると雨がやんで雲の隙間から光がさして庭がキラキラと輝くシーンで終わる。描写はこんなところだろうか。

パスカル・ロジェの演奏が気に入ったのは雨の音だけが前面に出てこずに庭というか地面がちゃんとあるように感じたからだ。雨が葉っぱや地面にちゃんと落ちている感じがある。

他の演奏も聴いてみたけども、この曲って雨というか水の描写に夢中になってて、庭が見えてこない演奏が結構ある。水の描写が凄く大事で前面に出したいのはわかるんだけども、この曲の場合は庭の風景も見えてこないと、表現としてはバランスが良くないんじゃないだろうか。
水の表現だけでいいならタイトルは「雨」で済んでるはずで「雨の庭」
となってるから構造として庭が存在するように作られているのではないか。


ドビュッシーのオーケストラ版の「海」とは表現方法自体は違うんだけども似ていて、「雨の庭」のスケールを大きくするとこれはまた違った「海」の表現に使えるんじゃないかと思った。

思うにこの曲は作られた年代も近いことから「海」のエチュード的な性質も持っていたんじゃないだろうか。ドッビュシーが水の表現に集中していた時代の名作の一つと言えるんじゃないか。

「雨の庭」は水を直接描き、「海」は水が時間の中で変化していく風景として描かれている。そこが大きく違う点だ。
つまりドビュッシーが同じ「水」を違う表現方法で描いている。


雨の庭は技術的な表現方法を試す曲な感じはあるけども、もっと物語性を付け加えてスケールを大きくして聴いてみたかったなと思うけども、そうなると「海」を聴くべきなんだろうなとも思う。



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