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バッハ「協奏曲 BWV974:第2楽章」旋律の美しさを表現するのに解釈がどう違うのかを比較してみた:グールド、オラフソン

作曲者:マルチェッロ=バッハ
曲名 :協奏曲 ニ短調 BWV974 第2楽章
演奏者:グレン・グールド、ヴィキングル・オラフソン
リズム:★★★★☆
旋律 :★★★★★
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★★

バッハの編曲ものだけども、旋律が美しい。
だけど良く聴くとその旋律に気づくことがある。
そこを中心に紹介してみようと思う。


グールド:Concerto in D minor after Alessandro Marcello, BWV 974: II. Adagio

オラフソン: Concerto in D Minor, BWV 974 - 2. Adagio

この曲の演奏をグールドとオラフソンの2つを用意したのは、解釈が大きく違うからだ。この曲は解釈として、曲そのものを感情ではなく美しい音の表現ととらえるか、曲のもつ感情的な性格を強調するかの2つに解釈が分かれているように思う。その解釈の違う2つの演奏を比較することで見えてくるものを考えてみようと思う。

グールド : 旋律を感情ではなく、美しい音として表現した。
オラフソン: 曲が持つ感情的な性格を美しく表現した。

グールドの演奏は美しい。ショパンのノクターンのようにゆったりとした空間の中で1音1音を大事に響かせている。最初はこの旋律にどんな感情をグールドはのせて歌わせているのか、それを探そうとした。

だけど聴いている内に気が付いた。
この旋律は人が何かを語るものだとすると無理がある。ゆったりとした旋律が人の語りや歌だとするとタイミングがどうしてもズレるのだ。
だけどこの演奏の旋律は何かを語り掛けてくるように感じられるから、このグールドの演奏の解釈にはなかなか困らされた。

だけど良く考えてみると、この演奏の解釈は、人が語ったりするものではなく、音の美しさだけを追求していると思って聴くと急に理解できることに気づいた。
旋律のタイミングのズレも、音の美しさということであれば問題なくなる。旋律が何か語り掛けてくる感じだけは困った点ではあるのだけど、旋律に意味なんて無いと考えて聴くと、この曲の持つ美しさだけを感じられて、グールドが何を表現したいのかが見えてくるんじゃないかと思う。

このグールドの演奏での解釈のヒントがあったとすれば、グールドが空間をゆったりと使って音を限界まで空間に響かせていることにあると思う。

このグールドの演奏はラヴェルの「鐘の谷」を聴くのと同じように、1音1音の響きを大事に聴くことが重要だと思う。
残響もその後の静寂でさえも全ての音の響きを聴くことで、この演奏の美しさを感じられるのではないかと思う。
グールドはその1音1音をちゃんと聴ける時間を作るためにこそ、ゆったりとした演奏をしているのだと考えると、このグールドの解釈の仕組みが良くわかってくると思う。


それに対してオラフソンの演奏は、旋律が語り掛けてくるように旋律に感情が込められている。その旋律の口調はまさしく人が語り掛けるタイミングになっていて明確に語り掛けだと理解できる。

その旋律の語りは悲しくはないけど、どこか切なくて聴いている者をその音の空間に引き込んで行く。
オラフソンの演奏は感情表現が素直で美しい。この旋律は曲が持つ美しさを最大限に表現するためだ。

バッハというと旋律に深みのある感情を求めやすいけども、この曲の場合はそうではなくて、余り厚みのある大きな感情を込めると、旋律の美しさが弱くなるというトレードオフの関係にあるように思う。

だからオラフソンは旋律に深い感情を込めずに純粋な感情にしたのではないかと思う。そこをいつものバッハの曲のように声部を扱うと、この曲場合は逆効果になるのではないだろうか。



バッハは原曲のマルチェッロの曲を編曲してこの曲を作ったわけだけども、だいぶこの曲は原曲とは違う作りになっている。
だけど思うのは、バッハはこの曲がもつ切なくて人を引き付けるこの旋律の響きを大事に強調して編曲したのではないかということだ。

バッハがどこまでこの曲の旋律に感情を込めたのかはわからないけども、旋律に感情を込めても込めなくてもこの曲がもつ美しさは変わらないように思う。それこそがバッハのこの曲で表現したかった部分ではないかと思う。

だから思うに、この曲の解釈において過剰な感情を込めて、この曲の旋律の美しさを弱くするような演奏にすると、バッハの目的とは合わないと考えて、グールドは旋律に感情そのものを込めないという大胆な解釈になったのではないだろうか。

オラフソンも美しい旋律を壊さないように素直に演奏したことで、この曲がもつ美しさを二人とも壊さずに演奏出来たのではないか。
そもそもが、この編曲の旋律には感情を深く込めるだけの幅というか容量がない。感情を深く込めると美しい旋律が壊れてくる。
バッハはこの旋律の持つ繊細さをそのままにして、旋律に感情を込めにくいように曲を作っていたのではないだろうか。

この演奏の聴きどころは、旋律の美しさを二人がどう保ちながら演奏をしているかという事だと思う。この曲の旋律には感情が必要なのか必要ではないのか。そこまで見えてくると、この曲の良さが何なのかも良く分かるようになるのではないかと思う。


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