見出し画像

ショパン「ポロネーズ第3番」なぜ推進力が生まれるのか:ステファンスカ

作曲者:ショパン
曲名 :ポロネーズ第3番 イ長調 Op.40-1
演奏者:ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ
リズム:★★★★★
旋律 :★★★★☆
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★★

ステファンスカの演奏で良いポロネーズがあったので、
推進力とは何が大事なのかを中心に紹介してみようと思う。


Polonaise in A Major, Op. 40 No. 1 "Military"

この曲で大事なのは、この力強い演奏からくる地をしっかりと踏みしめて歩くような推進力だと思う。
これがあるから、行進曲的な舞曲としての軍隊ポロネーズとして成立するのではないだろうか。
力強さを抑えた上品で綺麗な演奏の軍隊ポロネーズもあるけども、それをするとしっかりと大地を踏みしめた感じの推進力がなくなる。どこからか沸いてきたような不自然な推進力になってしまう。
上品なポロネーズは、確かに聴いていて上品で美しい演奏だから最初は気持ちいい。だけども1曲通して聴く頃にはこの不自然な推進力が飽きへと繋がってしまう。

だから思うに、この軍隊ポロネーズが持つやり過ぎにも感じてしまう力強さは、力強い行進をするための原動力として必要なものではないかと思うのだ。
少なくとも軍隊ポロネーズという曲の最大の特徴がこの力強い行進なのではないだろうか。だから、そこの力強さを弱めるとこの曲の最大の特徴が弱くなってしまうと思うのだ。

この演奏を聴く時には、その力強いリズムがどこから来ているのかを感じながら聴いてみて欲しい。リズムを旋律がしっかりと支えて押し上げているような感じなのが分かるかと思う。軍隊の大勢の人間たちが1歩1歩踏みしめたような行進の力強さこそがこの曲と演奏の最大の魅力なのだと思う。

これはショパンのワルツにもあることだけど、しっかりとした低音の踏み込みをしないと力強いリズムが生まれない。今回の軍隊ポロネーズをサロンで軽く聴くだけの行進曲やワルツとしてならそれでもいいけども、実際に行進したり踊ったりするものには力強いリズムが必要なんだと思う。

つまり踊るための曲ではなく鑑賞するための曲として捉えるなら、舞曲として必要だった力強いリズムを弱めるという解釈も成り立っているということではないだろうか。
確かにショパンの時代には踊る曲から観賞するための曲へと変化していた時代だとは思うのだけども、観賞するための解釈に更に進んで行くということだろうか。だけども理屈の通らない解釈はやっぱり不自然だと思うのだ。


いいなと思ったら応援しよう!