ドビュッシー「ピアノのために第3曲:トッカータ」立体的表現の原型はこれじゃないかと思う:モニク・アース
作曲者:ドビュッシー
曲名 :ピアノのために 第3曲
演奏者:モニク・アース
リズム:★★★★★
旋律 :★★★★☆
構造 :★★★★★
満足感:★★★★★
ドビュッシーの曲を聴いていたら、
この曲がとても重要な曲なことに気づいたので、
そこを中心に紹介してみようと思う。
Pour le Piano, CD 95, L. 95: III. Toccata
この曲は普通に聴いてると、何かの運動みたいなだけの曲に聴こえるかもしれない。だけどこの曲はとても重要でドビュッシーの表現する雨や自然の動きの原型になっている技術が使われている曲ではないかと思った。
モニク・アースの演奏を選んだのは立体的な表現が特に上手い人だからだ。
今回の記事の内容には立体的な表現が特に重要になるから、それに特化しているようなアースの演奏が必要だなと感じた。
このトッカータが面白いし重要だと思うのは、ドビュッシーがやっている「雨の庭」や「海」といった雨などの自然の表現の原型とも思える「物質の運動」といえる表現がこの曲には詰まっていると思うからだ。
年代で言えば、この曲集の第3曲目のトッカータは第1曲目のプレリュードよりも作られたのはだいぶ後になる。
プレリュードは雨の庭的な雨の動きの表現が既に完成して使われているように見える曲だ。だけどこの第3曲のトッカータでやっているのは雨とか関係なく物質を運動させる時の基本的な表現方法になる。
ドビュッシーはこの曲に、既に他の曲でも使われてる「物質の運動とはなにか」という事のまとめ的な曲として、このトッカータを作ったのではないかと感じたのだ。この曲を聴いても新しい部分があるとは感じない。それはつまり、もっとも基本の部分の表現で構成されているからではないかと思うのだ。
作曲した時系列でいうとこの曲は確かに後にはなるけども、大事なのはこういう物の運動表現をドビュッシーが曲として公開したということではないだろうか。雨なら雨、海なら海といった一歩進んで物質化された物の動きの根っこの部分のノウハウを曲として公開したということに大きな意味があるんじゃないかと思う。
普通は雨なら雨、海なら海用の運動表現をまずは考えるものかもしれない。
だけどそれだと他への応用はあまり効かない。
だからドビュッシーはそもそもの物質の運動そのものの基本を考えていたのではないだろうか。
物が流れたり、跳ねたり、加速したり、減速したり、
そういった他へも応用できるものを考えるのではないか。
そうすれば応用次第で「雨にもなる」「海にもなる」「風にもなる」
という応用ができる基本をドビュッシーは持っていたのではないだろうか。
こうやって考えてみるとこの曲は中期ドビュッシー以降の立体的な表現を考えるときの基礎というか基本になる考え方を示した曲なんじゃないかと思える。雨にも海にも聴こえないけども、物質の運動と言う基礎をしっかりと開示した曲だと思うと、ドビュッシーを知るうえでとても大事な曲ではないかなと思えるのだ。
書いていて思ったのはこのトッカータの運動というものを以前の私ならそんなものかという理解で済ませてたと思う。だけどもドビュッシーの雨や海の表現を記事に書いてきたことである程度理解が深まり、次への扉として見えてきたものじゃないかと思う。
