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モーツァルト「ピアノソナタ第16番:第1楽章」スムーズな音の流れと構造のどちらを優先するのかを比較してみた:内田光子、ピレシュ

作曲者:モーツァルト
曲名 :ピアノソナタ第16番 ハ長調 K.545 第1楽章
演奏者:内田光子、マリア・ジョアン・ピレシュ
リズム:★★★★☆
旋律 :★★★★★
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★★

モーツァルトの演奏を比較してみることで、
どんな違いがあるのかを中心に紹介してみようと思う。

内田光子: Piano Sonata No. 16 in C Major, K. 545 "Sonata facile": I. Allegro

ピレシュ: Piano Sonata No. 16 in C Major, K. 545 "Sonata facile": I. Allegro

内田光子とピレシュは、二人ともモーツァルトの演奏では最高峰のピアニストになる。今回はその二人を演奏比較してみることで、どれだけ違いがあるのかを分析してみた上で、モーツァルトとは何なのかをあらためて考えてみようと思う。

内田光子 : 上品で美しく、滑らかに音が流れていく演奏。
ピレシュ : 構造を明確にしながら力強く上品で美しい演奏。

内田光子の演奏の特徴は、上品で美しく優しい。そしてスムーズに音が後ろに流れていく。この音が滑らかに流れていくような音の回転運動が大事で、これがモーツァルトの演奏の特徴として回転がスムーズかどうかの違いはあるけども、どの演奏でも行われていると思う。

多くのモーツァルトの演奏では、普通に1拍目を強調して弾いてしまうと、滑らかな推進力による回転運動が生まれない。だから1拍目を弱く置いて、2拍目が強めに聴こえるように演奏するのが大事なんだと思う。

重要なのは実際には2拍目を強調するのではなく、2拍目が強く聴こえるような演奏にすることで、音の回転運動が滑らかになると共に、音が柔らかく感じられるようになる。

感覚で言うと1拍目を弱くした分だけチカラを2拍目に回して、回転運動を均一化させてスムーズにするという考え方ではないだろうか。
これは舞曲などで良くある2拍目を実際に強調して弾くのとは似ているようで違う感じなのは分かるんじゃないかなと思う。

内田光子がやっているのは正にこれで丁寧にバランス良く演奏している。
それでいてフレーズの感じはするものの、呼吸するつなぎ目が分からないほどに滑らかな回転運動をしている。そこが一番の特徴ではないかと思う。

他の人の演奏だと、どんなに綺麗な回転運動をしていても呼吸での繋ぎ目が分かるのに内田にはそれが無い。

私はモーツァルトでは特に滑らかに音が後ろに流れる感じにという表現を良く使ってきたけど、モーツァルトでは音が滑らかに連続した回転運動になることが重要になるし、そこがモーツァルトの最大の特徴ではないかと思う。

内田光子の場合はそれの究極系で、フレーズの区切りは感じるのに、つなぎ目が分からないほどにスムーズな回転運動になっている。だけどフレーズと、推進力でのチカラの受け渡しの時に、薄く呼吸していることが分かる。

そのつなぎ目を感じさせない滑らかな回転運動による美しさこそが、内田光子と他の演奏者との大きな違いなのではないかと思う。


それに対してピレシュの演奏の特徴として、滑らかな音の流れを大事にしているのはもちろんあるけれど、曲の持つ構造を明確に演奏している点が特徴として挙げられると思う。

これは一見すると、ピレシュがモーツァルトの曲でベートーヴェン的な演奏をしていると勘違いされやすいことではある。

だけどそれは、元々がモーツァルトが持つ構造をベートーヴェンが学んだだけの話で、ピレシュはモーツァルトの曲が本来持つ構造美を、明確に演奏しただけではないかと思う。

問題があるとすれば、ピレシュが構造を明確にするために1拍目を強調することだ。これをすると演奏が全体的に強くなって、推進力での連続した滑らかな回転が弱くなる。

つまり、この曲の構造美を明確にすると音の流れ方に影響がでるから構造美と円滑な音の流れはトレードオフの関係にあるのではないかと思う。
だけども、ピレシュが演奏において構造を明確にするのは、力強くてもそれでもちゃんと上品で美しい演奏が成立しているからではないだろうか。

このことにより、他のモーツァルトの演奏ではやらない視点から、
ピレシュはモーツァルトの演奏を成立させていると言えるのではないか。

これは、今までとは違うアプローチの仕方でもモーツァルトの持つ構造美と上品で美しい演奏の両立が可能だというピレシュのモーツァルトに対する考え方ではないだろうか。


この演奏の聴きどころは、内田光子の上品な美しさがありながら優しい演奏と、ピレシュの上品で美しくそれでいて力強い演奏の違いを聴くことだと思う。そしてちゃんと音がスムーズに後ろに流れていくかを感じれると、二人の違いが良くわかってくるのではないかと思う。


思うにモーツァルトは通常の演奏では構造が明確にしにくいのだと思う。
そこはピレシュと内田光子の演奏の違いから分かるように、演奏法そのものがモーツァルトの曲が持つ構造の美しさを分かりづらくしていたのではないだろうか。円滑な音の流れを優先するか構造の美しさを優先するかの違いはあっても上品で美しいモーツァルトの演奏は成立するということは、とても大事な事ではないかと思う。


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