モーツァルト「ピアノソナタ第12番:第1楽章」モーツァルトの曲をオペラだと思って聴けていなかった:内田光子
作曲者:モーツァルト
曲名 :ピアノソナタ第12番 ヘ長調 K.332 第1楽章
演奏者:内田光子
リズム:★★★★☆
旋律 :★★★★★
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★★
モーツァルトの曲のことで疑問に思うところがあったので、
それは何なのかを中心に紹介してみようと思う。
Mozart: Piano Sonata No. 12 in F Major, K. 332: I. Allegro
モーツァルトで私が前から疑問に思っていたことがある。
それは、モーツァルトの曲は「オペラ」のようだとされることだ。
だけど私はモーツァルトをオペラのようだと思って聴いてはいなかった。
そこでモーツァルトのオペラ的だとはどういうことなのかを考えてみようと思った。この12番は私がモーツァルトでオペラ的に聴こえそうなものを選んだものだ。
私はモーツァルトの曲を旋律が美しいということよりも、古典的な推進力からくる軽快なリズムを優先して聴いていて、そこに旋律が合わさって美しいくらいで聴いていたし選んでいたように思う。
だけど、ブレンデルがハイドンの旋律の美しさを分かりやすくした演奏を聴いたことで、モーツァルトの曲がオペラのような作りになっているということを、意識して今まで私が聴くことが出来ていなかったんじゃないかと思うようになった。
モーツァルトは当時花形だったオペラを中心に曲を書きたかったとされる。
その繋ぎとしてピアノ曲などを書いていた。
だからピアノ曲の構造も影響を受けてオペラ的な作りになっているものが多いという考え方になっているようだ。
これでモーツァルトの曲がオペラ的な作りになっていると言う理由はわかる。
実際にこの演奏を聴いてみると、旋律を上手くリズムが支えることで場面ごとの旋律による感情を美しくしているように思う。
旋律による感情をリズムが美しく支える。この構造がとても重要でそこを理解して聴くことがこの曲では大事なのではないかと気づいた。
つまりこの曲で大事なのは、聴き方自体もオペラを聴く時と同じように歌手と伴奏の関係で曲を聴く必要があったと言う事ではないだろうか。
この歌手と伴奏の関係でこの演奏を聴くと明らかに曲の聴こえ方が美しく変化したように思う。
なんで今までこれに気づかなかったんだろうと思うが、古典だとリズムが大事だと思い込み過ぎていたのかもしれないと感じた。
つまりリズムに意識が向きすぎていたのだと思う。
この歌手と伴奏の視点での聴き方をするとモーツァルトの曲の聴き方が今までとは違ったものになって、より理解が進んだんじゃないかと思う。
幸いだったのは内田光子のモーツァルトの演奏を良く聴いていたことだろう。この新しいモーツァルトの聴き方で聴いてみてもしっかりとオペラ的な解釈で演奏されているのが分かる。内田光子の演奏を聴いていたから理解できた部分も大きいのではないかと思う。
