ドビュッシー「月の光:Clair de Lune」この曲の魅力ってなんなんだろうか演奏を比較してみた:クライバーン、プレスラー
作曲者:ドビュッシー
曲名 :ベルガマスク組曲 第3曲「月の光」:Clair de Lune
演奏者:ヴァン・クライバーン、メナヘム・プレスラー
リズム:★★★★☆
旋律 :★★★★★
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★★
ドビュッシーの初期の傑作になる「月の光」を改めて記事にすることによって、この曲の本質がどう見えて来たのかを中心に紹介してみようと思う。
クライバーン:Suite bergamasque, L.75: III. Clair de lune
プレスラー: Suite bergamasque, L. 75: III. Clair de lune
今回、演奏を2つ用意したのは解釈の違いでどれだけこの曲が違って聴こえるかを比較するためだ。
クライバーン : 旋律を力強く歌わせながらも前進する演奏
プレスラー : ノクターン的で旋律をじっくりと歌わせる演奏
この曲は美しい演奏が多いから、正直言って違いはそんなに簡単には見えてこなかった。だけどもじっくりと聴いてみると、だいぶ解釈に違いがあることがわかってきた。
クライバーンの演奏もプレスラーの演奏も、どちらも旋律を大切にしている。だけど旋律をどう時間の中に置くのかが違っている。
クライバーンはしっかりと音楽を前進させるのに対して、プレスラーは音をじっくりと聴かせながら慎重に進む。
この解釈の違いは大きくて、かなり違うタイプの演奏に聴こえる。
だけども思ったのは、結局この曲の本質はどれだけ
「聴いている人の心を掴めるか」じゃないかと思った。
この曲に関しては特に演奏技術がどうというよりも、
まずは「人の心を掴めるか」これが一番大事なように思う。
プレスラーの演奏はノクターン的な感じが強いけども、ちゃんと推進力もあって前進してる。だけどじっくりと聴かせている分だけ前に進んでる感じが弱いから遅く感じる。だけど聴いてる者の心を掴んで離さない。
クライバーンの演奏がいいのは、情感豊かに旋律を歌わせながらも、あまり感傷的にならずに、ちゃんと旋律を前へ進めていく推進力があることだ。
この推進力がきちんと回転しているから、旋律にチカラがきちんと伝わって旋律に強い説得力が出るのだと思う。
推進力がちゃんと伝わってないと旋律が空回りしてしまって、説得力が無くなる。
どちらの演奏からもノクターン的な要素を感じるけども、プレスラーのほうがそれを強く意識しているように思う。
この曲を改めて聴いてみると、以前よりもシューマンとショパンの影響を感じることに気が付いた。
情感たっぷりの旋律がこの曲の大きな魅力だけど、旋律から何か言いたそうな言葉が伝わってくるような感じにシューマンを感じる。
そして、ただ旋律を美しく歌わせるだけでは、音がその場に停滞して流れが悪くなる。だからこの曲には、情感のある旋律をきちんと前へ進める推進力が必要なのだと思う。
この曲の持つノクターン的な要素もそうだけども、この推進力の作りが特にショパン的だなと感じさせる。
シューマン的な情感とショパン的な推進力が曲の作りとしてあることも、この曲が傑作になった要因としてあるんじゃないかと思う。
この演奏の聴きどころは、旋律がどう扱われていようとも、やっぱり人の心をどう掴めるか、刺さってくるのかだと思う。
確かに旋律に力強い推進力といった細かい作りも大事なんだけども、この曲が持っている人の心に刺さる部分をどれだけ演奏で表現できているかこそが重要なように思う。
月の光と言えばドビュッシーの初期の大傑作だけども、今までは作りがどうのとか余り考えて聴いてこなかった。改めて記事にしてみてもそんなに理解が進んだ感じはしないけども、この曲の本質は何かが少しは見えて来たんじゃないかなと思う。
