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スクリャービン「ピアノソナタ第2番:第2楽章」スクリャービンの浮遊感が良くわかる:マルカンドレ・アムラン

作曲者:スクリャービン
曲名 :ピアノソナタ第2番 嬰ト短調 Op.19 第2楽章
演奏者:マルカンドレ・アムラン
リズム:★★★★★
旋律 :★★★★☆
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★☆

スクリャービンの持つ独特な浮遊感を上手く
表現している曲があったので、紹介してみようと思う。


Scriabin: Piano Sonata No. 2 in G-Sharp Minor, Op. 19 "Sonata-Fantasy": II. Presto

この曲はスクリャービンが「嵐の海」を題材にして作った曲だけど、
最初はドビュッシーに代表されているような印象派を思わせるような海の表現方法が使われているのではないかと思っていた。
だけども、この嵐の海に使われている表現はスクリャービンが持つ独特な浮遊感を海の表現として用いられたものであり、演奏するアムランもドビュッシー的な水の表現に済ませていない。
時期的にドビュッシーとスクリャービンは同年代に近いから少しは影響があったかとも考えたけども、この水の表現方法は明らかに違うことに聴いていて気づいた。

この曲での水はスクリャービンのもつ浮遊感を海で起きる波の運動のように表現に使っている。それはスクリャービンの曲の持つ特徴である重力から解放されたような浮遊感が、どういう性質を持つのかということを波としてわかりやすく感じることが出来る曲だなと思う。
つまりこの楽章はスクリャービンの浮遊感とはなにかを知るのにとても良い曲だと思う。

アムランの演奏はリズムによる土台がしっかりしており、低音を使って水に対する重力というものを上手く表現できているように思う。
通常であればこの曲はドビュッシー的な水の表現で済ませられるところをアムランはスクリャービンとドビュッシーは何が違うのかを演奏で示しているように思う。

思うにスクリャービンの作る波は計算されて配置され動く波なのではないかと思うし、ドビュッシーのように突発的な動きがなく全てが計算され連動していく波のように感じられる。
つまりドビュッシーが作る自然に作られた波とスクリャービンの作る計算された人工的な波という性質の違いがこの演奏では、はっきりと表現されているのではないか。


アムランは構造を分かりやすくというよりも構造を美しく演奏できるピアニストの一人だと思う。ちょっと整理しすぎかなと思う事もあるけど、
このスクリャービンの演奏で構造も美しく演奏できているというのは、とても貴重な演奏になっていると思うし、アムランの演奏がなかったらスクリャービンのこの曲を紹介できなかったかなとも思う。



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