ラヴェル「鏡:蛾」なぜ「蛾」という存在である必要があったのかを考えた:ベルトラン・シャマユ
作曲者:ラヴェル
曲名 :鏡 第1曲「蛾」:Noctuelles
演奏者:ベルトラン・シャマユ
リズム:★★★★★
旋律 :★★★★☆
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★★
この曲集は1曲目に扱うのが「蛾」という余り美しくないものを
最初に出してくる。なぜ1曲目にそれなのかを考察しながら、
紹介してみようと思う。
Miroirs, M. 43: I. Noctuelles
この曲は蛾がコミカルに飛び回るという珍しい曲だ。
蛾(ガ)と言っても夜蛾と言われる夜にだけ飛び回る小さな蛾のことで、その小さな蛾が夜に飛び回る描写を音楽で表現している。
この曲にはストーリーがあるわけではなく、夜にランプの光に引き寄せられた蛾たちがコミカルに空間を飛び回ることを表現している。
発想と表現は夜のガスパールの「スカルボ」に登場する小悪魔に近いものがあるのだけども、蛾たちが休むことなく空間をコミカルに動き回る様子は生物ではあるものの、雨や風と言った自然が持つランダムな動きを上手く使って表現しているのではないだろうか。つまり蛾という虫の動きではあるものの、実際に使われているのは水や風といった自然がもつ動きの派生であって、これがいずれスカルボの圧倒的な生物的な表現へと変化していく過程にある表現方法なのではないだろうか。
なぜ蛾という虫にこだわる必要があったのかを考えてみると、風や光と言った自然の表現に対して、蛾と言う存在は軽くて現象に影響を余り与えないことが重要だったのではないだろうか。海原の小舟を聴くと分かるように、水の表現に対して小舟という質量がいかに影響を与えているかということを表現した曲だと思う。つまり蛾と言う軽い存在は自然の動きにほぼ影響を与えずに表現できる便利な存在だったのではないだろうか。
最初はなぜ美しい蝶ではなく蛾なのかという疑問はあったけども、蝶のような美しく質量を持った存在を上手く表現できるようになるのは、悪魔と言う違いはあるもののスカルボまで待たなければいけなかったのではないだろうか。
この曲を第1曲目にしたのは水や風などといった立体的表現を生物の表現へと進化させたという自信がラヴェルにはあったのではないだろうか。
つまり、蛾が1曲目にあって悲しい鳥たちが2曲目にあって海原の小舟が3曲目にあってという流れは、それまでの自然の持つ表現方法の進化した形をそれぞれに示している曲集として「鏡」というものが作られたのではないだろうか。
こうして「鏡」という曲集の中身を考えると、自然を扱ったものではあるのだけども、自然から生物が派生し自然から生物が分離していく過程の段階に入った曲集だったのではないだろうか。そしてそれが現実になった形として
「夜のガスパール」があるのではないだろうか。そう考えると「鏡」から「夜のガスパール」へと上手く繋がっていることに気づけるのではないかと思う。
