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スヴャトスラフ・リヒテルの演奏はなぜ特別に聴こえるのか。シューベルト《17のレントラー D366》1961年

シューベルトの17のレントラー D366は難易度は高くはない。

だけども、リヒテルのこの演奏はやたら精度が高く聴こえる。

17 Ländler, D. 366 (1961 Recording)

私にとってはこの演奏は昔から不思議で仕方がなかった。
リズムだけで言えば、今のピアニストでもっと正確な人はいるはずだ。
でも、このリヒテルの精度そのものを出せるだろうか?
ここまでの演奏が出来る人を他にはちょっと思い浮かばない。
リヒテルが本気になった時の演奏の凄さを出せないから、
今もリヒテルは伝説なのではないだろうか。

今もこの曲を聴くと、この曲の何が凄いのかを考えている。
結局のところ、この名演はグルーヴの構造そのものの完成度が異常に高いのではないか。
ホロヴィッツならもっと正確にリズムを刻んでくるだろう。でも、このリヒテルの演奏にある説明のつかない、このグルーヴ感は何なのだろうか。
リヒテルの残された音源には時々これと同じような素晴らしいグルーヴが成立した物が残されている。
それがリヒテルへの高い評価に繋がっているんだと思う。

良く考えてみれば、現代の演奏は昔より整っているが、その代わり自由度が減っている。

リヒテルの残した音源の全てが同じように素晴らしい出来だとは思わないけども、自由度の違いがこの演奏に近いものを生み出せなくなっている原因としてあるのではないだろうか。

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