アルベニスの「イベリア」を高次元で演奏するとはどういうことか:アリシア・デ・ラローチャ
アルベニスのイベリア:12の新しい印象
このイベリアは難しい曲が多い。
かなり上手いピアニストでも、どこかにアラが出る。
そんな感じになってる。
でも、アリシア・デ・ラローチャの演奏は驚くほどに高次元だ。
なぜならリズムと表現という2つの高いハードルを共に恐ろしい高さで両立させてしまっている。そしてそれが強烈なインパクトに繋がっている。
Albéniz: Iberia - Piano (Pub.1906) - Book 1: 2. El Puerto
Albéniz: Iberia - Piano (Pub.1906) - Book 1: 3. Fête - Dieu à Seville
この曲は何よりもリズムを安定させるのが難しい。そこをラローチャは寸分の狂いもなくリズムを刻んでくる。良く聴くとラローチャの演奏は高音域の音をかなり前ノリに置いていくのに気づくだろう。でも低音部はジャストなタイミングに置いている。
左手が基準で安定させて右手だけ極限まで前ノリに音を出す。
これがラローチャの複雑なグルーヴの仕組みだろうか。
そして信じられないことに、これに高次元での表現力が加わっている。
本来であればトレードオフにあるリズムと表現力の2つの関係を共に最大限に成立させるという凄まじい演奏レベルの高さ感じる。
イベリアが上手いピアニストは他にも居るけども、ラローチャほどのリズムで弾くのは難しいだろう。ラローチャに似た音色で弾いてる人を聴いたことがある。でもリズムまでは真似が出来ておらず、音だけだった。そこが物足りなさを感じた。リズムを守ろうとすれば機械的になり、表現しようとすればリズムが緩む。しかし、ラローチャはその二つを高次元で成立させてしまっている。
ラローチャの演奏はある意味で決定版とも言えるもので、正直言ってこれ以上の演奏ってあるのかと思ってしまう。
イベリアが聴きたくなった時にラローチャのことを思い出すのもいいのではないか。
