ラヴェル「鏡:悲しげな鳥たち」鳥だけの表現じゃ済まない難しさ:ベルトラン・シャマユ
作曲者:ラヴェル
曲名 :鏡 第2曲「悲しげな鳥たち」:Oiseaux tristes
演奏者:ベルトラン・シャマユ
リズム:★★★★☆
旋律 :★★★★☆
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★☆
鏡の第4曲の「道化師」は以前記事にしたけども、
今回は「悲しげな鳥たち」を取り上げてみようと思う。
鳥の表現だけじゃ済まない難しさを紹介してみようと思う。
Miroirs, M. 43: II. Oiseaux tristes
この曲の内容は、
物悲しげな空間に鳥が居る。
ゆったりとした時間の流れの中で、
羽ばたきの連鎖があることから複数の鳥だとわかる。
なにか騒ぎがあって混乱するけども、
悲しそうに羽ばたきを繰り返している。
やがて混乱は収まり、また静寂の中に消えていく。
私にわかった描写としてはこんなところだろうか。
水ではなく鳥を扱っている事からか、
なかなか感じを掴むのが難しいように思う。
一番最初の音は鳥の鳴き声かとも思ったけども、
悲しそうな空間があることを表現する音だと思う。
大事なのは鳥たちが居ることではあるんだけども、
悲しそうな空間の上に鳥たちが居るってことだと思う。
そして鳥の羽ばたきの音がかなり大事なのではないか。
悲しさも勿論大事なんだけども、この羽ばたきがないと
悲しいのは鳥なのか人間なのかも良くわからなくなるのではないか。
シャマユの演奏でまず気に入ったのがこの羽ばたきの音だ。
これが羽ばたきに聴こえないと、その空間に居るのが鳥だという定義が出来ないように思う。鳴き声っぽい音で鳥を表現するという方法もあるのかもしれないけども、私は羽ばたきだと解釈するほうが確実に鳥を表現できているんじゃないかと思う。
なのでこの曲で大事なのは、この悲しい空間を維持しながら鳥を羽ばたかせることじゃないだろうか。これを両立させるのがとても難しいことなんじゃないかと思う。
あと、この曲は悲しい鳥たちを表現するのは大事なんだけども、
旋律を美しくしないと悲しさが引き立たない気がする。
これって何を言ってんだとなるかもしれないけど、ただ鳥が悲しいねだけじゃ表現が足りていないように思う。悲しい世界を美しい音で表現する必要があるように感じる。
だけど旋律を優先するとリズムが弱くなって悲しい空間を上手く維持できなくなるんじゃないかと思う。
そしてこの微妙なリズムと旋律のバランスが取れないと満足感も出ないんじゃないかと思う。
シャマユの演奏はリズムと旋律のバランスを上手く取って出来る限り旋律を美しくしているように思う。聴いているともっと旋律を美しくできるんじゃないかと思ってしまうけども、悲しい空間を目いっぱい維持しながらだとこれが限界なのかもしれない。
ラヴェルの演奏でシャマユを選ぶことが多いけれど、年代が若いだけあってか解釈も新しくて分かりやすいものが多いように思う。
ラヴェルの入門としてシャマユを聴くのっていいんじゃないだろうか。
