ドビュッシー「レントより遅く:La Plus que lente」解釈の違いで全然違う曲になる:メナヘム・プレスラー
作曲者:ドビュッシー
曲名 :レントより遅く:La Plus que lente L.121
演奏者:メナヘム・プレスラー、コチシュ・ゾルターン
リズム:★★★★☆
旋律 :★★★★☆
構造 :★★★★☆
満足感:★★★★☆
この曲は特殊で、とても面白いんだけども、
その構造を上手く言葉で説明できるかはわからない。
だけども出来るだけ頑張って紹介してみようと思う。
メナヘム・プレスラー:Debussy: La plus que lente, L. 121
コチシュ・ゾルターン:Debussy: La plus que lente (L. 121)
なぜこの曲の演奏を2つ用意したかというと、
この曲は解釈の違いによって大きく2系統に分かれる曲だからだ。
この曲は元はワルツでありながらも、ドビュッシーが意図したわけでもないらしいけども、テンポを極端に遅くする解釈が広まったという訳ありの曲だ。
そのスローなテンポから更に解釈の違いにより大きく2系統に分かれる。
〇 踊れないけど精神面に影響する曲に変化する解釈。:プレスラー演奏
〇 スローでもまだ踊れそうな曲に変化する解釈。 :ゾルターン演奏
プレスラーとゾルターンの解釈の違う演奏で、どういう風に違いが出ているのをそれぞれ聴いてみて欲しい。
ゾルターンの「スローだけどまだ踊れそう」という解釈は、
そのままワルツとして踊れそうなわけだから説明は省くとして。
問題は精神面に作用するほうのプレスラーの解釈だ。この解釈は人が踊るための曲だったワルツをスローなテンポにすることにより、踊ることを捨てて身体じゃなく精神面に影響して「まったりとした時間の流れの中でゆらゆらと心が揺れる」という解釈に変化している感じだ。
この2系統の解釈はどちらも分かりやすい演奏なんだけども、方向性が全く違うからまるで別の曲のように感じるという面白い効果がある。
私が思うにこの2つの解釈は、スローなテンポになった時から、身体的に踊るか精神的に踊るかの2種類に分岐しているんだと思う。
この2つの解釈の違いはトレードオフの関係にあって、身体的な踊りを取るか精神面を躍らせるかのどちらかに寄るしかない。
この解釈の別れ方は面白いと思う。
身体と精神のどちらを踊らせたいかは聴く方で決めればいいのは、ドビュッシーが意図していない曲の使われ方にしては、なかなか良く出来てるなと思う。もともと元の曲が持つ構造がこういった解釈に近かったのではないかとも思う。
ドビュッシーの曲の構造を考えるのは難しいんだけども、なかなかにして楽しい。ただどの曲も構造が聴いていて見えてくるかというとそうじゃなくて、制作された時期とかも勿論関係するんだけども、ドビュッシーの制作意図みたいなのを何となく掴みながら演奏を聴くと言うのは楽しいことじゃないかなと思う。
