映画「ザ・ホエール」母性と父性のそれぞれ
母性と父性のそれぞれ。どちらが良い悪いはないけれど、考えさせられる。
映画「ザ・ホエール」を見た。あらすじは以下のとおり。
薄暗い部屋の中。巨漢のおっさんがゲイポルノを見ながら、文字通り命がけでマスをかくという衝撃的なオープニング。
さすがA24だ。やってくれるぜ・・・
主人公チャーリーは文学教授なので、文章に対するこだわりがすごい。色々いうけど、最後には、自分の正直な気持ちをぶつけろ、という教えだった。
チャーリー、教えてくれたことを守るよ。
愛に走ったチャーリーと、娘エリーの怒り
さて、チャーリーはゲイであり、過去に妻と娘のエリーを捨てて、パートナーのアランを選んだ。
終盤でチャーリーは「どうしてあんなことができたんだろう」と言っていたけど、愛に走ったチャーリーを、私は責める気になれない。
娘を捨てたことを反省はしても、アランの元へ行ったことは後悔してほしくない。
とはいうものの、娘エリーの怒りはもっともだろう。つらいこともたくさんあっただろうに、父親はそばにいない。深く深く傷ついたんだろうな。
どんなにチャーリーが愛を伝えようが、謝ろうが、事実は変えられないし、心は元に戻らない。
父性と母性のそれぞれ
この娘エリーは、とても聡明である一方、反抗期のためか特に気性が荒い。
チャーリーはエリーにどんなにひどいことをされようが、「お前は美しい。すばらしい。」と全部肯定してくれる。これは父性の形なんだろうか。ただし、常には一緒に居ない。
一方、元妻は、意地悪っぽい人だけど、気性の荒いエリーは手に余っただろうし、「あの子(エリー)は邪悪」とチャーリーに言ってしまうのも無理はない。苦労したんだろう。
それでも育てあげるのが母性なのかな。
距離感による娘への評価の差に、父性と母性の違いを感じた。
どちらが良い悪いはないけれど、エリーにとっては常にそばにいてくれる母親も、遠くにいるけど自分を肯定してくれる父親も、必要だったんじゃないだろうか。
ラストはチャーリーが幸せそうで良かった。
