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救急車のサイレンを、待っていた

救急車のサイレンを、祈っていた


外で、救急車のサイレンが鳴ってくれないか。
誰かが大声で笑ってくれないか。電話が鳴ってくれないか。コピー機が動き出してくれないか。

何でもいい。この静寂を、一秒でも壊してくれ。
午後のオフィスで、私はそれだけを考えていました。

デスクには仕事が積まれています。画面には資料が開いています。でも、文字が頭に入ってきません。

意識の全部が、自分のお腹にあるからです。

お腹の奥で、ガスが動く感覚があります。このまま音が鳴ったら。

隣の席まで、一メートルもありません。

私がやっていた、「狂気のその場しのぎ」

限界が来ると、席を立ちました。
トイレの個室へ駆け込んで、鍵をかけて、壁にもたれる。ガスが少し抜ければラッキー。大抵は何も変わらないまま席に戻って、また同じ恐怖が始まります。
それでも、あの場所だけは一人でいられました。

下から出るガスを、上へ逃がすこともしていました。口を固く閉じたまま、喉の奥で爆発させる。周囲に変な音として聞こえていたと思います。それでも、オナラをしてしまうよりはマシだと言い聞かせていました。

実際にオナラが出てしまったことが、あります。その日のことは、あまり思い出したくありませんが本当に恥ずかしい出来事でした。

デスクの下では、太ももをつねっていました。お腹への意識を、別の痛みで上書きするためです。あざになるくらい力を込めないと、効かなかった。

これを、長いことやっていました。
毎日ではありません。でも、週に何度も。月に何十回も。
その間ずっと、雑音が生じると心の底からホッとしていました。

あなたに、一つだけ聞きたいことがあります
この記事を読んでいるあなたは、今も同じことをしていますか。

トイレへの逃避。ゲップへの変換。太ももをつねる指。

笑い話のように書きましたが、笑えません。

これは「お腹が弱い人の小さな悩み」ではありません。毎日の仕事が、毎日の食事が、毎日の移動が、全部この恐怖と一緒にある。それが30年間続くということの重さ。

気にしすぎ、ではありませんでした。
意志が弱い、でもありませんでした。
ただ、戦い方を知らなかっただけでした。

私が30年かけてたどり着いた答えは、世間の「腸活の常識」とはまったく逆のものでした。良かれと思って続けていたことが、ガスを増やしていました。

やめるべきものが、やめられないでいました。
その全体像を、有料記事にまとめています。

もしあなたが今日も、サイレン、雑音を祈りながらデスクに座っているなら、それを回避する方法があります。


▼30年かけてたどり着いた答えの全体像
IBS(ガス型)に30年悩んだ私が「普通の生活」を取り戻すまで
https://note.com/genial_canna2390/n/n3fdd43a1ae0e

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