note新連載第6話「未来の優勝シーン」
私の名前は安部完次。家内には内緒でPCのゲームソフト「マトリクサー・ゲーム」にはまってしまった。いい年をしてと思われるかもしれないが、これが面白いのだ。自分の戻りたい過去の世界にタイムマシーンのように戻れるのだ。前回は高校時代だった。ちょうどテレビを見ていたらサッカーの日本対メキシコの親善試合が放送されていた。かつてサッカーオタクだった血が騒いできた。今回は年金も入ったから少しポイントも買い足しておこう。
私は家内が家にいないのを確認したのち、PCのモニターに向かっていた。
「マトリクサー・ゲーム」にログイン。
【第1章】1974年7月7日
いつものスタート地点だった。いつものトワ君が尻尾をブンブン振って寄ってきた。
トワ君:「おとうさん、会いたかったよ」
おとうさん:「トワ君におとうさんと呼ばれるのはどうもなじめないなあ」
トワ君:「そのうち慣れますよ。ところで、今回はどの時代に行きますか?」
おとうさん:「1974年7月7日深夜」
トワ君は「シーン・チェンジ」と吠えると画面が暗転した。
場面はあるお家の居間のようだ。一人の学生がテレビを正座して食い入るように見ている。
トワ君:「彼は誰ですか?」
おとうさん:「彼は○○年前の私だ」
トワ君:「何の番組を見ているのですか?」
おとうさん:「1974FIFAワールドカップ西ドイツ大会の決勝戦だよ。私のサッカー好きのきっかけとなった試合だ」
トワ君:「サッカーワールドカップ1974年大会:決勝戦は地元西ドイツが2-1でオランダに勝利した・・・」
おとうさん:「シー、声が大きいよ。テレビを見ている私は結果を知らないのだから。この試合からワールドカップの決勝戦が生中継されるようになった」
トワ君:「試合はどんな感じでした」
おとうさん:「下馬評では圧倒的にオランダ有利。その戦術はトータルフットボールと呼ばれ現代サッカー戦術の原形ともいわれている。そんなオランダが開始1分PKで先制する。私は西ドイツを応援していたから心臓が止まるかと思ったよ。試合中ハラハラ、ドキドキの連続で90分間緊張していたものだから見終わってドーッと疲れた。この時、学期末試験の真最中だった。寝不足で挑んだ次の日の化学のテストで満点を取った。高校で満点取ったのはこの時だけだったからすごく印象に残った。だけど、クラスでだれもこの試合を話題にしていなかった。当時のサッカー人気などゼロみたいなものだった」
トワ君:「1974年ということは半世紀以上前の話ですね。ゲームだとあっという間だけれど、長い月日がたっているのですね。今の日本代表チームは強いと言われているじゃないですか?」
おとうさん:「日本代表チームは1974年ちょうどこの時、欧州遠征をしていて西ドイツのクラブチームと練習試合をしていた。ヨーロッパの強豪国とは相手にしてもらえなかった。その日本が2022年カタール大会で強豪ドイツ、スペインに勝ったのだからね。50年かかったけれど。私としては感慨深いものがあるよ」
おとうさん:「トワ君、このゲームは未来にも行けるのかな?」
トワ君:「もちろん、ちょっとポイントの消費が多めになりますが」
おとうさん:「きょうは余裕があるから、一年後に行ってみたい」
トワ君「シーン・チェンジ」と吠えると
画面は暗転した。
【第2章】2026年7月18日マイアミスタジアム
場面は大きな競技場に変わった。サッカー競技が行われていた。スタジアムを埋め尽くした6万5千人の歓声が地鳴りのように響く。
トワ君:「すごい熱気ですね。会話もできないくらいだ。どこの試合かわかります?」トワ君は私の耳元でつぶやいた。
おとうさん:「2026FIFAワールドカップ3位決定戦が行われているようだ。トワ君、見て!見て‼️ブルーのユニフォームは日本だよ。信じられない。対戦相手はカナリア色…ブラジルだよ」とうとうここまで来たか。
私はうれしさのあまりトワ君をぎゅっと抱きしめた。
トワ君:「おとうさん、苦しいよ。離してください」
おとうさん:「ごめん、ごめん」
トワ君:「ネットで調べてみますね」
2026FIFAワールドカップ北中米大会、日本は1次リーグを3連勝で通過、トーナメント1回戦で開催国アメリカを2-0で破り、昨年9月にアメリカに0-2と敗れた借りを返した。
次のトーナメント2回戦は強豪コロンビアでした。南米のチームを苦手としている日本はコロンビアの猛攻にGK鈴木のファインプレー連発で何とか耐え、三笘の決勝点で1-0と辛勝した。
これで日本は念願のベスト8に進みました。準々決勝では優勝候補ドイツを3-0と圧勝した。迎えた準決勝スペイン戦ではエースの三笘の負傷欠場もあり、0-4と完敗した。試合数の増加、移動距離の負担と過酷な環境のもとチーム内に負傷者があふれ、まともにメンバーが組めない状態でした。
8試合目となる3位決定戦、相手はかつての王者ブラジルでした。ブラジルは準決勝で宿敵アルゼンチンに敗れて3位決定戦に回ることになりました。
昨年10月東京で行われたキリンカップで日本はブラジルに1-2で敗れましたが、初めて互角に渡り合える実感を得ました。3位決定戦を重視していないブラジルはあきらかにメンバーを落としていました。一方雪辱に燃える日本はエースの三笘が負傷を押して出場しました。今大会絶好調の守護神鈴木の好セーブ連発と守備陣の健闘でブラジルを無失点に抑え、日本のカウンターがさえまくり3-0で完勝した。
実況アナウンサー:「勝利した日本チームの森保監督に来ていただきました。監督おめでとうございます。日本が初めて3位になりました。感想はいかがでしょうか?」
森保監督::「ありがとうございます。まずは我々を応援してくれたサポーターの皆さんにお礼を言いたいと思います。われわれは優勝を目標に頑張ってきました。あと1勝というところまで来ました。このあと1勝の壁がものすごく高いのです。今回の大会はかつてない過酷な大会でした。けが人も多く大変でした。私はこのチームを誇りに思います。本当にお疲れ様と言いたいです」
実況アナウンサー:「続きまして、キャプテンの遠藤選手に来てもらいました。ワールドカップ3位になりました。おめでとうございます」
遠藤選手:「ありがとうございます。優勝を目指してあと少しというところまで来ました。メンバーは全員が最後まで頑張ってくれました。五試合目以降は我々にとって未知の世界でした。けが人の続出、疲労のピークの中で僕らを支えてくれた医療スタッフ、コンディショニングコーチに感謝したいと思います。チーム編成、戦術にとって力になってくれたAIの「つばさ君」にもありがとうと言いたいです」キャプテンの目には光るものがあった。
【第3章】あくまでも夢の世界
トワ君:「おとうさん、良かったですね。三位になりましたよ」
おとうさん:「去年の9月のアメリカ遠征でメキシコに0-0で引き分け、アメリカに0-2で敗れ、国内で監督解任の声がわき起ってね、どうなるのかと心配していたのだけれど。9月以降の経過がわかるかな?」
トワ君:「ネットで調べてみますね」
国内で解任説が吹きあがったところでサッカー協会、監督、主要メンバー間で秘密裏に会議が行われた。結論として監督は続投(後任を探している時間がない)するが、モチベーターに徹して、作戦、メンバー選出はAIの「つばさ君」にゆだねることになった。「つばさ君」のオペレーターが戦術コーチに就任した。このことがサッカー協会から発表されて以降、日本の攻撃力と守備力は各段に向上した。日本はその後の試合を連戦連勝したので2026年大会のダークホースになった。
「AIつばさ君」は日本サッカー協会とアメリカのマトリクス社が共同開発したサッカー戦術ソフトで「つばさ君」はプロ仕様のVer8だった。
サッカー戦術ソフトは各選手の走行距離、心拍数、乳酸の蓄積度、疲労度などをデータ化し随時入力して交代時期を判断する。対戦相手の戦術、自チームの戦術をすべてデータ化入力する。それをAIが最適の作戦、対抗策を考え選手に指示する。以上ウイキペディアより
おとうさん:「私の思った通りだ」
トワ君:「それはそうですよ。プレイヤーの願望をかなえるのがこのゲームのコンセプトですから。必ずしもこれが正しいとは言えませんので」
おとうさん:「考えてみればそうだよな。歴史を変えることはできないもの」
トワ君:「それがそうでもないのですよ・・・」
おとうさん:「どういうこと?お金を積めば未来を変えることができるとでも。いくらくらいかかるのかね。トワ君、教えてくれ」
トワ君:「高いですよ…オーっとポイントが切れそうです」
シーン・チェンジとトワ君が吠えると画面が暗転した。
2人はスタートラインに戻っていた。
おとうさん:「トワ君、なかなか商売上手だな。未来をお金で買うのにどのくらいかかるのかこっそり教えてくれよ」
トワ君:「おとうさんだけですよ、教えるのは。内緒ですよ」
トワ君はこっそりと教えてくれた。
おとうさん:「高いなあ、宝くじが当たらないと払えないよ。ま、宝くじが当たったら未来の問題は解決するのは確かだ」私は妙に納得した。
トワ君:「また遊びに来てください、おとうさん」
おとうさん:「また来るよ、今度は10月のキリンカップの後かな。バイバイ」
私はモヤモヤしていたことがすっきりして清々しい気持ちでログアウトした。
私はあたりを見回して、いつもと変わらぬ部屋で一安心した。外で妻の声が聞こえたような気がしたが、それもゲームの一部かもしれない。私は部屋から出て妻の姿を探すのであった。妻を探しながらも、心のどこかで考えていた。
さっきまで目にしていた試合は、本当にただの夢だったのだろうか。
あまりにも鮮明で、臨場感に満ちていた。
未来の現実を、ほんの少し先取りしてしまったのかもしれない。
耳の奥には、まだあの大歓声がこだましていた。
このお話はフィクションです。 著者:弾完次
