『ピンポン』
たまには私の話を。
私が一番好きな映画は『ピンポン』です。
中学のとき、なぜかはわからないけれど、道徳だか朝のホームルームだかの時間に見させられて、そこからずっと大好きです。
あの何とも言えない、天才との葛藤、友情とライバルとの関係性、それでも卓球を真剣にする姿勢、これら全部を含めて「青春」と呼ぶのだと知りました。
今でこそサブスクで映画は見放題ですが、私が中学・高校生の頃はテレビで放映されたものをビデオに録画するか、DVDを借りるか、とかでしか見る手段がなくて、あの頃にサブスクがあればなぁと何度思ったことか。
私が『ピンポン』を好きだということは母親も知っていて、
中学生のある日、深夜に放映されることが新聞みてわかったので、録画予約をして就寝し、翌日学校から帰ってきてみるのを楽しみにしてました。
いざ、学校から帰宅したら、母親が開口一番、シュンとした顔で、
「ごめん・・・間違って録画した『ピンポン』消しちゃった・・・」
思春期の私は、それを聞いて、それはそれは暴れました。
不機嫌マックスで、母親を責めたて、
「見たかったのに!!!!」「知ってたくせに!!!!」
もうそこから関係ないことまで持ち出して
「ほんと使えない」「ありえない」
みたいなことも言った気がします。
口も利かず、仏頂面のまま、夜ご飯を食べ、就寝し、朝起きて学校に行きました。
なんの罪悪感もなかったです。
あたしは悪くないから。
こんなに言い返しているけど、私の母親は私には厳しい人でした。
幼少期から謎の母親なりのルールがあり、
ゲーム禁止、門限は18時、就寝は9時、夕食時にテレビ禁止。
漫画は別冊マーガレットだけ。アニメはどらえもんとジブリだけ。
ポケモン、コナン、クレヨンしんちゃんは禁止。
ポテトチップスや炭酸ジュースは誕生日などの記念日だけ。
ルールも厳しかったし、私自身へのあたりも強い人でした。
テストで98点をとると、なぜあと2点とれなかったのかを責めるタイプ。
身体が弱くてインフルエンザに良くなってましたが、治りが遅いことを「あなたに治す気がないからだ」と言われたり。
いま流行りの言葉で言うと、「ヒス構文」の典型例だったので、
「ヒス構文」という形で命名してくれたラランドありがとう。
怒るとメンヘラ&ヒステリックになり、論点はずれていき、
でも勢いだけはすごくて謝っても気が収まるまで許してくれない。
とにかく怒り出すと止まらないから怖かった。
幼稚園の頃など、まだ善悪の判別や母親のルールの理解も浅かったので、
逆鱗に触れる機会も多く、
暗い押し入れに閉じ込められたこともあるし、
熱いシャワーをぶっかけられたこともあります。
母から「許してくれるまで謝るものだ」と言われて育ったので、
今でも悪事に対してはそう思うようになってしまった。
そんな母親だから、母親がしたミスが許せなかった。
録画1個消されたくらいだけど、
私が楽しみにしていた映画。
ビデオにとりさえすれば繰り返し見れたのに。
取返しのつかないミスをした母親に、ここぞとばかりに責めたてて、
いっそスッキリとして気持ちにすらなりました。
そうしてむかえた録画ミス事件の翌日、
学校から帰ると、母親から、
「昨日はごめんね、これ・・・」と言って
『ピンポン』のDVDをプレゼントされました。
あの瞬間、湧き上がってきたのは
「罪悪感」という名前だったのでしょう。
よくよく考えるとそこまで怒ってなかったわけだし、
日頃の母親に対するうっぷんを晴らす良い機会だっただけで。
でも母親にとっては、私に対して申し訳ないと思っていたとしても、
DVDを買ってくれるほど、申し訳ないと思っていたのだと思うと、
なんとも胸が痛みました。
だからこそ、動揺を隠して、精一杯喜びを表現した私は、
今思い返しても、瞬間的に正しい反応ができたことを褒めてあげたい。
そこから先、何度か母親と一緒に『ピンポン』のDVDを見ましたが、
いつも最初に湧き上がるのは、最初に渡されたときの罪悪感と、
きっと一番に思っていることは、あんなに怖いと思っていた母親が、
こんな些細なことで謝ってきたこと。
たぶんわが人生で、最初に母親が私に謝罪したのは、この件だけかも。
あれから約20年
母親はもういません。
いろんなことが起きすぎて、細かい思い出まで振り返る時間も余裕もなく、
13年前にあっけなくいなくなってしまいました。
今でも、手元に『ピンポン』のDVDはあります。
目に入ると、”気まずい”気持ちになるから、棚にしまってます。
ママ、ごめんね。
そんなに怒ってなかったよ。
そういえば言い忘れたけど、DVD買ってくれてありがとう。
でも、アニメとかもっと見せてくれてもよかったのになとも思ってるよ。
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