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私の母の「ヒス構文」

「お母さんヒス構文」という言葉が流行ったとき、
これ以上なく救われた人は多くいるんじゃないかなと思っています。

ラランドのラジオでもたくさんリスナーからヒステリックなお母さんのエピソードが集められ、ああ私だけが理不尽な思いをしているわけではないんだ、と安心したし、
そう思うと、「いつか自分もそうなるのか?」と思ったりもしました。


わたしは小学生のころ、すぐ風邪だのインフルエンザだの肺炎だのにかかっていました。

寝込むたびに、当然母親が看病してくれていたのですが、
病気にかかる回数が多かったことにうんざりしていたのかわかりませんが、
ヒス構文のオンパレードでした。


高熱で苦しいのだから、食欲なんてあるわけもないのですが、
お粥さえひとくちも食べない私をみて
「お母さんが作ったごはんは食べれなんだ?」
と声を荒らげられたこともあります。

ただ食欲ないだけだよ・・と思っていましたが、
具合が悪いので反論する気にもなりません。


今でも錠剤を飲むのが苦手なのですが、
子供の頃は、顕著でした。

しかも具合が悪い時なんて、上手く飲めるはずもなく、
よくむせては吐き出し・・・をしていたのですが、
母は「薬も飲まないなんて、病気、治す気がないんだ?だから吐き出すんでしょう?」とよく言っていました。

治す気があるもないも考えてないのですが、母にはそう見えたみたいです。


頭痛がすると母に言うと
「お母さんだって頭痛いわよ!」
「みんながんばってるのに、自分だけ体調が悪いって言いたいの?」
と言われるので、
頭痛くらいでは母に言わないように我慢していました。

今でも、頭痛のみならず、体調不良を他人に報告するのはとても苦手です。


思い出せばキリがありません。

母も、昔からそうだったわけではないだろうに、
人はいつから変わってしまうんでしょうか?

わたしもいつかそうなってしまうんでしょうか?

どちらかといえば、自分がそうなってしまう可能性が怖いです。


母に「昔、こういうこと言ってたよね」といったこともあるのですが、
「そうだっけ?」と本人は覚えておらず(それか覚えてないふりをしているか)
それもそれで腹立たしいのですが、
結局言ってることにいちいち傷つく必要などなかったのだと
大人になってから知りました。

この記事を教訓にして忘れずにこれからも年を重ねたいなと思いました。

ラランドには、ヒス構文としてエンタメに昇華してくれてありがとうと感謝の気持ちでいっぱいです!


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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