「犬と猫の心臓病と穏やかに暮らす」第1回:心臓ってどんな臓器?〜犬と猫の心臓のしくみと血液の流れ〜
はじめに:ワクチンのときに言われた「心雑音があります」
「○○ちゃん、胸の音を聞いたときに、少し心雑音(しんざつおん)が聞こえました。」
毎年のワクチンや健康診断のとき、こう獣医師に言われて驚いた経験のある飼い主さんは少なくありません。
特に、チワワ・トイプードル・マルチーズ・ポメラニアンなどの小型犬では、シニア期に近づくと心臓の病気が見つかることが多くなってきます。
診察室では、こんな会話がよくあります。
獣医師:「最近、咳をしたり、疲れやすくなったりしていませんか?」
飼い主さん:「そういえば、散歩の途中で立ち止まることが増えました。年のせいかなと思っていました。」
獣医師:「年齢の影響もありますが、心臓の“弁(べん)”の変化が原因かもしれません。一度、レントゲンや心エコーで詳しく確認してみましょう。」
突然「心臓」「雑音」という言葉が出てくると、
今、苦しかったり痛かったりしているの?
寿命が短くなってしまうの?
もっと早く気づいてあげるべきだった?
と、いろいろな不安が頭の中をぐるぐるしてしまうと思います。
そんなときに少しだけ心が落ち着くのが、「そもそも心臓ってどんな臓器で、体の中で何をしているのか」を知ることです。
仕組みが分かると、検査結果や今後の説明も「なんとなく怖い話」ではなく、「体の中で起きていることの説明」として受け止めやすくなります。
この第1回では、
心臓の基本的な役割
心臓の中の「4つの部屋」と「弁(ドア)」のイメージ
血液が肺と全身をぐるっと回る流れ
心臓の調子が悪くなるときに起こりやすいこと
を、できるだけやさしい言葉でお話ししていきます。
1. 心臓の役割:体じゅうに血液を送る「ポンプ」
心臓を一言でいうと、「血液を全身に送り出すポンプ」です。
血液の中には、
酸素
栄養
体温を保つための熱
いらなくなった老廃物を運ぶ仕組み
など、体を生かすための大事なものがたくさん含まれています。
心臓が「ギュッ」と縮むたびに、血液は水道管の中の水のように押し出され、血管(けっかん)というホースを通って体のすみずみに届けられます。
反対に、心臓の動きが弱くなると、必要な場所に十分な血液が届かなくなり、息切れ・疲れやすさ・むくみなど、さまざまな症状が出てきます。
イメージしやすくすると、
心臓 … ポンプ本体
血管 … 水道管やホース
血液 … そこを流れる水
と考えていただくと分かりやすいかもしれません。
犬や猫の心臓は、体の大きさにもよりますが、小型犬や猫であれば「ゴルフボール〜飼い主さんの握りこぶし」くらいのサイズです。
とても小さな臓器ですが、子犬・子猫のときからシニア期まで、何十億回という回数を休まず動き続けています。
「小さなポンプが、一生分の血液を送り続けてくれている」と思うと、心臓が少し愛おしく感じられてきませんか。

2. 心臓の4つの部屋と「弁」というドア
次に、心臓の中身をのぞいてみましょう。
心臓の中は、大きく4つの「部屋」に分かれています。
右心房(うしんぼう)
右心室(うしんしつ)
左心房(さしんぼう)
左心室(さしんしつ)
「心房」は、血液がいったんたまる“待合室”のような場所。
「心室」は、そこで待機していた血液を、次の場所へ送り出す“ポンプ室”です。
簡単にたとえると、2階建ての小さな建物のようなイメージです。
1階の右側:右心室(右下のポンプ室)
2階の右側:右心房(右上の待合室)
1階の左側:左心室(左下のポンプ室)
2階の左側:左心房(左上の待合室)
右側は「肺に血液を送る側」、左側は「全身に血液を送る側」と考えてください。
そして、この部屋と部屋のあいだ、あるいは心臓から血管へ出ていく出口には、「弁(べん)」と呼ばれる“ドア”がついています。
弁は一方通行のドアで、「血液が逆流しないようにする」大事な役割があります。
代表的な弁は次の4つです。
右心房と右心室の間 … 三尖弁(さんせんべん)
左心房と左心室の間 … 僧帽弁(そうぼうべん)
右心室から肺動脈へ出るところ … 肺動脈弁(はいどうみゃくべん)
左心室から大動脈へ出るところ … 大動脈弁(だいどうみゃくべん)
特に小型犬でよく問題になるのが「僧帽弁」です。
僧帽弁がきちんと閉まらなくなると、血液が“ドアのスキマ”から逆流してしまい、そのときに「ザーッ」「シューッ」という音が混ざって「心雑音」として聞こえるようになります。
このように、
部屋(心房・心室)
ドア(弁)
が、血液の流れを整理したり、逆流を防いだりしながら、心臓というポンプを支えています。
3. 血液の流れ:肺と全身をぐるっと回る2つのコース
ここからは、血液がどのように体を回っているのかを、少しだけ追いかけてみましょう。
図がなくてもイメージしやすいように、「青い血(酸素が少ない血)」と「赤い血(酸素をたっぷり含んだ血)」という言葉を使います。
3-1. 全身から心臓へ戻る「青い血」
体を一周して酸素を使い終わった血液(青い血)が、静脈(じょうみゃく)という血管を通って心臓に戻ってくる
まず、右心房(右上の部屋)に入る
そこから右心室(右下のポンプ室)へ送られる
ここまでが「全身から帰ってきた青い血」のルートです。
3-2. 右心室から肺へ:酸素をもらいに行く
右心室がギュッと縮むと、血液は肺動脈を通って肺へ送られる
肺の中で、二酸化炭素を捨て、新しく酸素をたっぷり受け取る
このとき、血液は「青い血」から「赤い血」に変わります。
肺は、血液を洗って新しい酸素を渡してくれる「クリーニング工場」のような存在です。
3-3. 肺から心臓へ戻る「赤い血」
肺で酸素をもらった赤い血が、肺静脈を通って左心房(左上の部屋)に戻る
左心房から左心室(左下のポンプ室)へ送られる
これで、全身に出ていく準備が整いました。
3-4. 左心室から全身へ:赤い血の出発
左心室が力強く縮むと、大動脈という太い血管を通って、赤い血が全身に送り出される
頭・内臓・手足・皮膚など、体のすみずみで酸素や栄養を届ける
役目を終えた血液は再び「青い血」となり、静脈を通って心臓(右心房)へ戻ってきます。
この「ぐるぐる回る流れ」が、1分間に何十回も、寝ているあいだもずっと続いています。
まとめると、
右側の心臓 … 肺へ血液を送るルート(肺循環)
左側の心臓 … 全身へ血液を送るルート(体循環)
の2つを、同時に担当しているのが犬や猫の心臓です。
4. 心臓の調子が悪くなると起こること
心臓の構造と血液の流れがなんとなくイメージできると、「では、どこが悪くなるとどんな症状が出るの?」という疑問が出てくると思います。
ここでは、詳しい病名よりも、「よくある変化」と「起こりやすいサイン」を、今後のシリーズにつながる形で簡単にご紹介します。
4-1. 弁のトラブル:血液が逆流する
小型犬でとても多いのが「僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべん へいさ ふぜんしょう)」という病気です。
僧帽弁がきちんと閉まらなくなり、左心室から左心房へ血液が逆流します。
すると、
聴診で「ザーッ」「シューッ」という心雑音が聞こえる
心臓が余計な仕事を強いられ、少しずつ大きくなっていく
進行すると、肺に水がたまり「咳」「呼吸が苦しそう」といった症状が出る
などの変化が起こります。

4-2. 心臓の筋肉のトラブル:ポンプの力が弱くなる
大型犬では、心臓の筋肉が薄く伸びてしまい、全体としてポンプとしての力が落ちる病気(拡張型心筋症)などが知られています。
猫では、逆に心臓の筋肉が分厚くなりすぎて、心臓の内側が狭くなる病気(肥大型心筋症)がよく見られます。
これらの病気では、
すぐ疲れて動きたがらない
少し運動しただけで呼吸が速くなる
ひどい場合には、急に倒れてしまう(失神)
といったサインが見られることがあります。
4-3. 「心不全」という状態へ
どのようなタイプの心臓病でも、最終的に問題になるのは、
心臓が十分な血液を送り出せなくなる
体や肺に余分な水分がたまってくる
という「心不全(しんふぜん)」と呼ばれる状態です。
ただし、「心不全=すぐに命の危険」という意味ではありません。
早めに変化を見つけて、適切な治療や生活の工夫を行うことで、
苦しい時間をできるだけ少なくする
穏やかな日常をできるだけ長く続ける
ことを目標にしていくことができます。
次回以降の連載では、
心不全とは何か
どのような症状に気づいてあげると良いか
お薬・食事・生活環境などで、飼い主さんができるサポート
を、少しずつ具体的にお話ししていきます。
今日のまとめ
心臓は「血液を全身に送り出すポンプ」で、24時間休まず働いています。
心臓の中には「右心房・右心室・左心房・左心室」という4つの部屋があり、そのあいだを「弁(ドア)」がつないで血液の逆流を防いでいます。
血液は「全身 → 右心房 → 右心室 → 肺 → 左心房 → 左心室 → 全身」という2つのルート(肺循環と体循環)をぐるぐる回っています。
小型犬では弁のトラブル(とくに僧帽弁)、大型犬や猫では心臓の筋肉のトラブルが多く、結果として「ポンプとしての力が落ちる」ことが共通点です。
心臓病が進行して「心不全」の状態になっても、早めの発見とケアで、穏やかな時間を長く保つことが目標になります。
飼い主さんへのメッセージと、次回予告
「心雑音があります」「心臓が少し大きくなっています」と言われると、
飼い主さんの心臓の方がドキッとしてしまいますよね。
でも、今日お話ししたように、
心臓がどんな仕組みをしているのか
血液がどのように体を回っているのか
どこにトラブルが起こりやすいのか
を知っておくことで、「何となく怖い病名」だったものが、「体の中の変化」として少しイメージしやすくなってきます。
心臓病と診断された犬や猫の多くは、
すぐに命の危険があるわけではなく
適切なお薬や生活の工夫により
何年も穏やかに暮らしているケースがたくさんあります。
この連載は、病名を覚えることが目的ではありません。
「うちの子の心臓で、今何が起きているのか」を一緒に理解しながら、その子らしい生活を守っていくための“道しるべ”になれたらと思っています。
次回予告
第2回:
「心不全って何?
〜“心臓病=すぐ死ぬ”ではありません〜」
「心臓病」と「心不全」はどう違うのか
心不全=心臓のポンプ力が落ちて、全身に影響が出ている「状態」であること
犬と猫でよくみられる心不全のかたち
(犬:僧帽弁閉鎖不全症、猫:心筋症 など)「治る病気」というより「付き合っていく病気」であること
早期発見・早期介入が、その子の時間を守るためにどれだけ大切か
について、こわくなりすぎないように整理しながらお話ししていきます。
