【エッセイ】 58歳無職、大阪でハーモニカ吹いてうろついて来た件 1 ハーモニカは孤独な楽器
「4月に発表会あります。でますか?」
半年毎に繰り返される会話。もう4回目。
「…あ~、発表会ですか」
「出てくれたら嬉しいけど」
「…検討します」
先生の姿が消えたパソコンの画面を見ながら、さすがに断れないか…とため息が出た。
発表会、既に3回断っていたからだ。
断っていた理由は簡単だ。
旅費。参加費。宿泊費。
今の私には決して気安くない。
というのも、私は無職だ。
うつと適応障害でビル管理会社を
去年の7月で退職した。
休職期間をいれたら、1年以上
働いていない。傷病手当が収入だ。
30年前貰った初任給より低い金額。
ビル管理の給料が異常に安かった。
月謝だけでも妻に申し訳ないと
思いながら払っているのに、この上
旅費だの宿泊費だの…頼みづらい。
…先月、城崎に行ったときは、
言い出したのが妻だったから
その点気持ちは楽だったが。
でも仕方ない。なるべく機嫌の
良さそうな時を見計らおう。
夕食の後、リビングで
「あのう…」切り出してみる。
「今度大阪で発表会があります」
テレビを見ながら、愛用の座椅子に
丸まっていた妻が、「?」という
顔でこちらをむく。
「行ってくるん?」
「3回断っているんで、さすがに
行かないと具合が悪いかと」
「…ええよ」
「懇親会もあるんですが」
「あ~じゃあ泊まり?」
ニコニコしている。
若干肩透かしをくった気分だが
OKには違いない。ひとまずは安心した。
まあ、たまには外へ出るのも
気晴らしになると思われたのか、
本当のところは聞いていない。
せっかく機嫌よく出してくれるのに
いらんことを聞いたりしない。
先生にそのことを伝えると
喜んでくれたのでよかった。
発表会は初めてだが、人前で
演奏するのは何度か経験がある。
ミュージックバーやライブハウス。
お金を払って30分の時間を貰う。
セットリストも自分で考える。
私以外全員、ギターかピアノの
弾き語り。
伴奏を流してメロディを演奏すると
「…カラオケかよ」
帰り際に、ちょっと、と呼び止められ
「歌のある曲をハーモニカだけでやっても意味ないんじゃないですかね?」
ギターの人がこれ見よがしに
ブルースハープを吹き鳴らす。
私に聞こえように言う。
「こんなもん、適当に吹きゃいい」
ハーモニカは、添え物なのだ。
…彼らにとっては。
かと言って、彼らを
惚れ込ませるほどの腕はない。
この言われようが、自分の腕だ。
悔しさをこらえて黙っていた。
これはダメだ。
そう決心して先生についたのが
2年前。ハーモニカに出会って15年が
過ぎていた。
ハーモニカが好きで上達したい。
上手なプレイヤーがかっこいい。
それだけだ。文句あるか。
正直不安しかないが、少し期待もある。
オンラインレッスンだから、他の人の
演奏を聞く機会はめったにない。
先生やプロの演奏とはまた違う。
きっと、ものすごい人もいるだろう。
もしも自分の演奏が失敗だったら嫌だな。
他の人はみんな知り合いで
浮いてしまったら哀しいな。
そんなことばかり頭をよぎる。
それでも準備を進めて行く。
出発の日、あまり寝た気もしないまま
目覚ましより30分も早く目が覚めた。
せめて、遅れないようにと家を出た。
起きてきた妻の見送りで、少しだけ
緊張がほぐれた気がした。
日曜日どうするか、計画する
気持ちのゆとりはなかった。
続く
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