AIに小説を書かせた。それは「僕の作品」と呼べるのだろうか。【#疑問が学びに変わるとき】
AIに小説を書かせた。それは「僕の作品」と呼べるのだろうか。
僕は昔から、物語を作ってみたいと思っていました。
オリジナルの仮面ライダーや、オリジナルヒーローの物語。
ヒーローショーのオリジナル脚本。
実際に公開された映画やヒーローショーを見て、「自分だったら、こういう展開にするのにな」と考えることもよくありました。
でも、それらが作品になることはありませんでした。
全部、僕の頭の中にあるだけでした。
物語を書きたい。でも、書けなかった
文章を書くこと自体が苦手だったわけではありません。
学生時代、小論文などはむしろ得意なほうでした。
でも、「物語を書く」となると話は別でした。
自分が普段使わないような口調でキャラクターのセリフを書く。
それを誰かに読まれる。
そう考えると、なんとなく恥ずかしくて、書き出すことができませんでした。
そして、もう一つ大きな問題がありました。
僕には「書きたいシーン」はありました。
ヒーローが登場するシーン。
敵の正体が明らかになるシーン。
絶体絶命の状況から逆転するシーン。
頭の中では「ここ、絶対に面白い!」と思っている。
でも、そのシーンにたどり着くまでの物語が作れない。
「このシーンの前に何が起きれば自然なんだろう?」
「ここから、どうやって次のシーンにつなげればいいんだろう?」
そこで止まってしまう。
一つ一つの「書きたい場面」はあっても、それを一つの物語として完成させることができませんでした。
今思えば、当時の僕は「作品を完成させること」よりも、「これが仕事につながらないかな」ということばかり考えていた気もします。
結局、頭の中にはいくつもの物語があるのに、一つも作品にはなっていませんでした。
ChatGPTに「ヒーローショーの脚本」を頼んでみた
そんな僕が初めてChatGPTに作ってもらった物語は、ヒーローショーの脚本でした。
最初から「作品を全部作ってもらおう」と思っていたわけではありません。
ヒーローショーの脚本をネットで公開するという方法を知り、まずは脚本を書くためのテンプレートを作ってもらおうと思ったのがきっかけでした。
「30分くらいのショーにしたい」
「登場人物はこれくらい」
「起承転結はこうしたい」
そんなふうに条件を追加していきました。
すると、指示を追加するたびに、どんどん自分のイメージに近づいていきました。
そこで思いました。
「これ、自分が書きたいものを全部伝えたら、本当に一本の脚本にできるんじゃないか?」
そして、実際に脚本を書いてもらいました。
出てきたものを読んだときは驚きました。
ちゃんと脚本になっている。
登場人物がいて、セリフがあって、物語が始まって、最後まで終わっている。
「すごいな」と思いました。
ただ、同時にこうも思いました。
「でも、これをヒーローショーで見ても、僕はテンション上がらないな」
「なんか違う」がたくさん出てきた
形にはなっている。
でも、自分が見たいヒーローショーではありませんでした。
キャラクターの一人称が違う。
「このキャラクター、絶対こんなこと言わないだろう」と思うセリフがある。
そして何より、僕が観客だったら「おお!」とテンションが上がるような場面がない。
そこで僕は、自分が見たいと思っていた場面や、「ここはこうしたほうが面白い」と思ったことを伝え、少しずつ脚本を変えていきました。
すると、自分のアイデアを具体的に伝えれば伝えるほど、最初に出てきた脚本が、自分の見たかったヒーローショーに近づいていきました。
この経験から、今では自分なりのAIとの脚本の作り方ができています。
今の僕がAIと脚本を作る方法
まず、登場させたいキャラクターを伝えます。
次に、大まかな物語の流れを伝えます。
そして、自分の中ですでに決まっている「絶対に書きたいシーン」を伝えます。
ここまで伝えたら、一度AIに最初から最後まで脚本として完成させてもらいます。
この時点では、すべての場面を僕が考えているわけではありません。
自分の中で決まっている部分は伝えて、まだ決まっていない部分や、場面と場面をどうつなげればいいのか分からないところはAIに補完してもらいます。
そうやって、まず一本の脚本にします。
そして、ここからが修正です。
完成した脚本を最初から読んで、
「このセリフは、こっちに変えたい」
「このシーンは、こういう内容にしたい」
「読んでみたら、こっちの展開のほうが面白そう」
と思ったところを伝え、修正してもらいます。
そして、この作業をしていると、不思議なことが起こります。
完成したものを見ると、次の「書きたい」が出てくる
最初は頭の中になかったシーンまで、思いつくようになったんです。
一度、物語として形になったものを読んでいると、
「ここ、こうしたらもっと面白いんじゃないか?」
「だったら、このシーンも入れたい」
と、新しいアイデアが出てきます。
それをChatGPTに伝える。
また完成した脚本を読む。
すると、また新しい「こうしたい」が出てくる。
それを繰り返していくうちに、最初にChatGPTが出した脚本とはかなり違うものになっていました。
そして、頭の中にしかなかった僕の物語が、初めて一つの「作品」になりました。
そこで、一つの疑問が生まれます。
これは「僕の作品」と呼んでいいのだろうか?
文章を書いたのはAIです。
自分一人だったら、最後まで完成させられなかったと思います。
実際、ChatGPTにはかなり手伝ってもらっています。
だったら、それを「僕の作品です」と言っていいのでしょうか。
僕なりに考えました。
そして今は、
「自分の作品」と呼んでいいと思っています。
ただし、
「自分一人で作った作品」ではありません。
この二つは、僕の中では別です。
そもそも、その物語は僕の頭の中にありました。
誰を登場させるのか。
どんな物語にするのか。
どのシーンを絶対に書きたいのか。
どこで観客に驚いてほしいのか。
それを考えたのは僕です。
AIに「面白いヒーローショーを適当に作って」と頼んで、そのまま自分の作品として公開したわけではありません。
AIが出してきたものに対して、
「違う」
「このキャラクターはそんなこと言わない」
「もっとこうしたい」
と何度も修正しています。
だから僕の感覚としては、
AIが考えた物語を自分の作品にしたのではなく、自分の頭の中にあった物語を、AIに手伝ってもらって作品にした。
というほうが近いです。
同じアイデアからでも、同じ作品にはならない
では、別の人が僕とまったく同じアイデアをChatGPTに伝えたら、同じ作品になるのでしょうか。
僕は、ならないと思います。
もちろん「まったく同じものを書いて」と指示すれば、同じものに近づけることはできるでしょう。
でも、同じスタート地点から作品を作り始めたとしても、完成するものは違うと思います。
なぜなら、作品が自分のアイデアに近づいていくほど、作るのが楽しくなってくるからです。
「これも書きたい」
「この展開も面白そう」
「このキャラクターには、こんなことをしてほしい」
そんな新しいアイデアが、途中からどんどん出てきます。
最初に持っていたアイデアだけで作品が決まるわけではありません。
作っている途中にも、その人の「好き」や「こうしたい」が入っていく。
だから、同じアイデアから始まっても、最後には違う作品になるのだと思います。
AIとの創作で、僕が学んだこと
そして、この経験から僕が学んだことがあります。
それは、
最初から完成形が見えていなくても、一度完成させてみることが大切だということです。
以前の僕は、頭の中だけで100点の物語を作ろうとしていました。
書きたいシーンはある。
でも、そこまでの道筋が分からない。
すると、そこで止まってしまう。
でも、今は違います。
分からないところがあったら、AIに一度補完してもらう。
たとえ、それが自分にとって60点の出来だったとしても、まず最後まで形にしてみる。
すると、
「ここが違う」
「ここは好き」
「こうしたらもっと面白い」
が見えてきます。
そして、その「違う」が、実はすごく大切でした。
完成していない頭の中の物語を眺めているだけでは、気づかなかったことがあります。
一度形になったからこそ、初めて気づけたことがありました。
完成してから思いつくこともある。
作りながら見つかる物語もある。
僕はAIとの創作を通して、
「完成させることも、アイデアを生み出す方法の一つなんだ」
と学びました。
そしてもう一つ。
AIを使うことと、AIに任せることは違う。
これも学びました。
僕にとってAIは、自分の代わりに物語を考えてくれる存在というより、
自分の頭の中にあるものを、一度目に見える形にしてくれる存在
なのだと思います。
形になったものを見て、自分の「違う」と「こうしたい」を見つける。
それをまた形にする。
この繰り返しで、少しずつ「自分の作品」になっていきます。
頭の中だけにある物語があるなら
昔の僕は、自分の考えた物語を人に読まれるのが嫌で、書き出すことすらできませんでした。
頭の中には書きたいものがあるのに、作品にはできませんでした。
でも今は、完成させた作品をネットに公開しています。
しかも公開した後は、
「今日は何人読んでくれたんだろう」
と、毎日閲覧数を確認しています(笑)。
今では、もっといろいろな人に見てほしいと思っています。
我ながら、ずいぶん変わったと思います。
もし、頭の中に書きたい物語があるのに、
「文章を書くのが苦手だから」
「途中をうまくつなげられないから」
「最後まで考えられていないから」
と、形にするのを諦めている人がいるなら、一度AIに手伝ってもらって、最後まで形にしてみてもいいのではないでしょうか。
最初から100点じゃなくてもいい。
出来上がったものを見て、
「なんか違う」
と思ってもいい。
むしろ、その「なんか違う」の中に、自分が本当に書きたかったものが隠れているのかもしれません。
AIに小説を書かせた。
それは「僕の作品」と呼べるのだろうか。
僕の答えは、
「呼べる」です。
ただし、「僕一人で作った作品」ではありません。
頭の中にしかなかった僕の物語を、AIにかなり手伝ってもらいながら、初めて作品にすることができた。
そして、その経験から僕は、
完成させることで、初めて見えてくるアイデアがあること。
AIは、任せるのではなく、自分の考えを形にするために使えること。
を学びました。
頭の中だけにあった物語が、誰かに読んでもらえる作品になる。
僕にとってAIは、その最初の一歩を踏み出させてくれた道具でした。

