15歳の30%が「落ちこぼれ」となったドイツの教育現場ー移民大国ドイツの現状と課題5
2023年末に発表されたOECDの学習到達度調査(PISA 2022)。日本が世界トップレベルの結果を残した一方で、かつてPISAショック(2000年)を乗り越え、教育改革の優等生と見られていたドイツが、再び深刻な危機に直面しています。
PISAは、正式名称「Programme for International Student Assessment」といいます。単に学校で習った知識をどれだけ暗記しているかを測るのではなく、学んだ知識や技能を、実生活のさまざまな課題にどう活用できるか(応用力や考える力)を評価するのが最大の特徴です。以下が概要となります。
対象者: 15歳の生徒(日本では主に高校1年生が対象)
実施頻度: 3年ごとに実施(2000年に第1回がスタートしました。※直近は新型コロナの影響で2018年の次が2022年)
調査分野: 以下の3つの活用する力を測定します。
読解力: テキストを理解し、利用し、評価し、熟考する力。
数学的リテラシー: 数学的に推論し、問題を解決するために数学を使用する力。
科学的リテラシー: 科学的な考え方を用いて、事象を説明したり、データを評価したりする力。
2022年に行われた調査では、日本はOECD加盟国中で数学的リテラシー1位、読解力2位、科学的リテラシー2位と、非常に高い水準を記録し、トップクラスといえます。
本稿では、ドイツの最新のPISA報告書『PISA 2022. Analyse der Bildungsergebnisse in Deutschland』を基に、ドイツの教育現場で今何が起きているのか、その実態と背景にある格差やデジタル化の遅れについて深掘りします。
直近の調査は2025年(昨年)に実施されました。PISAの結果は通常、実施翌年の年末に発表されるため、今年(2026年)の12月にこの結果が世界一斉に公表される予定です。
1. 全3分野で成績が大幅低下:長期的な低落傾向
PISA 2022の結果は、ドイツにとって衝撃的なものでした。数学、読解(リーディング)、科学(自然科学)のすべての分野において、前回の2018年調査からスコアが大幅に低下しました。
これは単なるコロナパンデミックの影響だけではありません。データを見ると、2012年や2015年頃をピークに、長期的な低下トレンドが続いていることがわかります。
数学(今回の重点分野):史上最低スコア
平均得点: 475点(OECD平均472点と統計的な差はなし)。
衝撃: PISA調査開始(2000年)以来、最も低い水準を記録しました。2012年のピーク時(514点)から約40点も下落しています。
最も懸念されるのは、基礎的な数学力を持たない低成績層(レベルII未満)が30%に達したことです。つまり、15歳の生徒の約3人に1人が、社会生活に必要な最低限の数学的知識を持っていないという事態に陥っています。
読解と科学も低迷
読解: 480点(OECD平均476点と同等)。かつてはOECD平均を有意に上回っていましたが、平均レベルまで後退しました。
科学: 492点。OECD平均(485点)よりは高いものの、こちらも2018年比で有意に低下しています。
2. 拡大する格差:移民背景と社会経済的地位
ドイツのPISA結果を語る上で避けて通れないのが、出自による教育格差です。今回の調査では、その深刻さが改めて浮き彫りになりました。
移民背景による巨大なスコア差
ドイツでは移民背景を持つ生徒の割合が2012年の約26%から2022年には約39%へと急増しています。
第1世代の課題: ドイツ生まれではない第1世代の生徒と、移民背景を持たない生徒の数学スコアの差は102点に達しました。PISAの基準では、約20〜30点が学校教育の1年分に相当するため、計算上は3〜4年分もの学力差があることになります。
言語の壁: 家庭でドイツ語を話さない生徒の割合が増加しており(第1世代では家庭でドイツ語を話すのはわずか12.5%)、これが学力差の主要因の一つとなっています。
社会経済的地位の影響
親の職業や家庭の文化的資源(本の数など)が、子供の学力に与える影響が、他のOECD諸国と比べてもドイツは非常に強いことが示されました。
学校種別の分断: ドイツ特有の早期選抜システムも影響しています。大学進学を目指すギムナジウムの生徒(数学平均546点)と、それ以外の学校種の生徒(平均438点)の間には、100点以上の差があります。非ギムナジウム校では、数学の低成績層が42%にも達しています。
3. デジタル化とコロナ禍の爪痕
PISA 2022は、コロナパンデミックによる学校閉鎖の影響を色濃く受けた調査でもあります。ドイツの学校現場はどのような状況だったのでしょうか?
準備不足: ドイツの学校長への調査によると、パンデミック初期において、ドイツはOECD平均と比較してデジタル学習への準備が不十分でした。
ハードウェアは改善、ソフト面は課題: パンデミックを経て、学校でのタブレット端末の配備などは急速に進み、OECD平均並みになりました。しかし、教員がデジタル機器を活用するための準備時間や、技術的なサポートスタッフの不足は依然として深刻です。
デジタル授業の質: 生徒への調査では、デジタル機器を使った授業で毎日またはほぼ毎日行われた活動が少なく、デジタル技術の活用が日常化していないことが示唆されています。
4. 生徒のマインドセットとモチベーション
最後に、ドイツの生徒たちの数学に対する意識についても興味深いデータがあります。
不安の増加: 数学に対する不安(Math Anxiety)を感じる生徒の割合が、過去10年間で増加しています。
固定的なマインドセット: 数学の能力は努力しても変わらないと考える生徒の割合がOECD平均よりも高く、特に女子生徒において自分は数学に向いていないと考える傾向が強いことがわかりました。
サポート不足: 生徒たちは、教師からのサポートが2012年当時と比べて減少していると感じています。
まとめ:ドイツ教育への示唆
PISA 2022の結果は、ドイツの教育システムが低学力層の増加と移民統合の失敗という二重の課題に直面していることを示しています。
報告書は、単にコロナ禍の影響だけで片付けるのではなく、2012年以降続く長期的な低下傾向を直視すべきだと結論づけています。 特に、ドイツ語能力が不十分な移民生徒への早期からの言語支援や、社会経済的に不利な地域の学校への資源配分(「スタートチャンス・プログラム」など)が急務とされています。
かつてのPISAショックをバネに改革を進めたドイツが、この第2のショックをどう乗り越えるのか。今後の教育政策の行方が注目されます。
参照元:Lewalter, D. et al. (2023): PISA 2022. Analyse der Bildungsergebnisse in Deutschland. Waxmann.
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