なぜ農場で育った子供は喘息、花粉症、アトピー性皮膚炎を発症しにくいのか?最新研究が解き明かす農場効果の正体
部屋の隅々までピカピカにして、毎日アルコール消毒を徹底しているのに、どうしてうちの子はアレルギーになってしまうのだろう。
そんなふうに、自分を責めたり頭を抱えたりしている親御さんは少なくありません。
実は、子供の免疫力を強くする決定的な鍵は、生後のきれいで清潔な暮らしの中にはありませんでした。
それどころか、生まれる前のお母さんの過ごし方に隠されていたのです。
数千人の子供たちを追跡した大規模な国際共同研究により、妊娠中にお母さんが多様な家畜とふれあって過ごすほど、生まれてくる子供の自然免疫センサーが強く働きだすという、目から鱗が落ちるような事実が明らかになりました。
過剰な清潔さがかえってアレルギーを招くという、よく耳にする衛生仮説。
その一歩先を行く最新科学が解き明かした農場効果(Bauernhofeffekt)の正体を解説します。
第一章 はじめに
アレルギーを防ぐ農場効果の核心は、妊娠中のお母さんが畜舎環境で日常的に家畜と接することにより、胎児の免疫システムがあらかじめアレルギーを起こしにくい状態へと整えられるという点にあります。
伝統的な農場で家畜に囲まれて育つ子供たちは、都市部で暮らす子供たちに比べて、喘息や花粉症、アトピー性皮膚炎になりにくいことが昔から知られていました。
このアレルギーから守られる不思議な現象は、単に田舎は空気がきれいだからといった感覚的なものではありません。
科学的な検証が進んだ現在、家畜が発する特定の微生物やその成分が、人間の体内にある自然免疫の受容体を刺激し、過剰なアレルギー反応を抑え込んでいることが分かっています。
そして、この免疫の土台作りが最も活発に行われる時期こそが、お母さんのお腹の中にいる妊娠期なのです。

第二章 理由
なぜ、農場の環境が子供のアレルギーを防ぐのでしょうか。その理由は、私たちの体に備わっている免疫センサーの働きと、お腹の中での親子のつながりにあります。
これまでアレルギーの増加は、1989年に提唱された衛生仮説(幼少期に清潔すぎる環境で暮らすと免疫が十分に育たないとする考え方)で説明されてきました。
しかし、この仮説だけでは説明のつかない事実もあります。
たとえば、南米の都市部などでは、決して衛生的とは言えない密集した住環境で多くの細菌に囲まれて暮らしながらも、喘息を発症する子供の割合が非常に高いのです。

ここから、アレルギー予防に必要なのは単に不衛生にすることではないことが見えてきました。
ポイントは、乳用牛などが暮らす畜舎特有の微生物にありました。
近年の研究で、喘息やアレルギーの発生を強力に抑える9つの特定の細菌が突き止められています。
牛の腸内などに存在するこれらの細菌は、牛舎の空気やチリの中に漂っており、お母さんがこれを日常的に吸い込むことで、体内の自然免疫センサーである受容体(TLR2、TLR4、CD14)が刺激を受けます。
妊娠中にお母さんの受容体が活性化すると、そのシグナルが子宮を通じて胎児へと伝わります。
遺伝子の配列そのものは変えずに働き方をコントロールするエピジェネティクス(後生遺伝学)の仕組みを介して、生まれてくる子供の自然免疫センサーもまた、生まれつき強く働くようになります。
このようにして、外部からの刺激に対して過剰なアレルギー炎症を起こさない、しなやかで強い免疫の基礎が作られます。

第三章 具体例
この農場効果の驚くべき実態をはっきりと証明したのが、ヨーロッパで行われた歴史的な大規模共同調査であるPARSIFAL(パーシファル)研究です。
オーストリア、ドイツ、オランダ、スウェーデン、スイスの5か国で、5歳から13歳の子供8,263人を対象に行われたこの調査からは、私たちの常識を覆す具体的なデータがいくつも浮かび上がっています。
まず、アレルギーになりやすい体質(アトピー感作)のリスクが約42%も低下していたことです。

妊娠中にお母さんが牛舎や羊舎などで定期的に働いていた子供は、そうでない子供に比べて、学童期に達した時点でのアレルギー抗体が作られやすい割合が大幅に低い(調整オッズ比0.58)ことが分かりました。
この予防効果は、子供が生まれてから家畜に触れ合った場合よりも、はるかに高い数値でした。
また、スイスの子供たちを対象にした分析では、お母さんが触れ合っていた家畜の種類が多いほど、子供の免疫センサーが強く育つという明確な関係性も明らかになっています。
牛、豚、羊、馬、山羊、鶏の最大6種類のうち、ふれあう家畜の種類が1つ増えるごとに、子供の自然免疫受容体(TLR2、TLR4、CD14)の働きはそれぞれ約1.10倍から1.16倍ずつ、きれいに比例して高まっていました。

一方で、スウェーデンの調査だけは、妊娠中の農場曝露による保護効果が見られないという例外がありました。
その原因を突き詰めると、国による住宅づくりの違いにありました。
スウェーデンでは伝統的に、畜舎を住居から完全に離して建てるため、家の中に流れ込む家畜由来の微生物チリの量が、他の4か国に比べて極めて少なかったのです。

この例外は、ただ田舎に暮らすだけでは意味がなく、家畜の微生物環境とどれだけ密着して暮らしているかが決定的な差を生むことを物語っています。
なお、こうした恩恵を受けるには、週に1回以上、定常的に畜舎に足を運ぶことが必要でした。
年に数回、レジャーで観光牧場を訪れる程度では、子供の免疫システムに永続的な変化を起こすには足りないと、研究者たちは指摘しています。

第四章 結論
最先端の医学が明らかにした農場効果は、アレルギーに悩む現代の私たちに、とても心強いヒントを与えてくれます。
この知見を踏まえたとき、これからの暮らしで私たちが意識すべきアプローチは大きく2つあります。
1つ目は、過剰な除菌や抗菌へのこだわりを一度手放し、汚れに対して大らかになることです。
日常の泥遊びや、家の中でペット(犬や猫など)を飼うこと、あるいは多くのきょうだいや友達と元気にじゃれ合うことは、幼い子供の免疫システムを鍛えるための素晴らしい訓練になります。
清潔を求めるあまり、子供からこれらの免疫の予備練習の機会を奪ってしまわないことが大切です。
ただし、すべての汚れを歓迎すればよいわけではありません。
2つ目に大切なのは、都市生活における排気ガスなどの空気汚染、室内での受動喫煙といった免疫システムを傷つける本当のリスクからは、しっかりと子供を守ることです。
将来、農場に漂う特定の9つの細菌やその成分を再現した、アレルギーの新しい予防薬が誕生する日が来るかもしれません。
第五章 まとめ
しかし、日本において単に自然豊かな地域や農山村の近くで暮らすことや時折牧場へドライブに出かけるといった行為だけでは、遺伝子レベルで自然免疫の受容体を強く活性化させるような十分なシグナルを受け取ることは構造的に難しい、という厳しい現実をこの研究結果は示しています。
私たちは、海外の成功例をそのまま自国にスライドさせて安心するのではなく、それぞれの生活環境に適したアプローチを模索しなければなりません。
とはいえ、日本でドイツなどの農場環境を週一で体験するのは難しいですよね。
参考文献
https://www.jacionline.org/article/S0091-6749(05)04027-3/fulltext
Prenatal farm exposure is related to the expression of receptors of the innate immunity and to atopic sensitization in school-age children
Journal of Allergy and Clinical Immunology, Volume 117, Issue 4, April 2006, Pages 817-823
https://doi.org/10.1016/j.jaci.2005.12.1307
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