【書道断片】東風吹かば におひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ

東風吹かば におひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
菅原道真がこの歌を詠んだのは、右大臣の地位を追われ、太宰府へ左遷された901年(延喜元年)1月25日である。
政治的対立、とりわけ藤原時平の讒言によって失脚した道真は、都を離れるにあたり、長年住み慣れた邸宅の梅の木に向かってこの一首を残したと伝えられる。
「東風吹けば匂ひおこせよ梅の花」は、春を告げる東風に乗って、都の梅の香りが自分のもとまで届くように、という切なる願いである。
梅は道真が生涯愛した花であり、漢詩文を重んじる文人官僚としての自己像とも重なる存在であった。
「あるじなしとて春な忘れそ」という結句には、主人である自分がいなくなっても、春を忘れず花を咲かせよという、植物への呼びかけを装いながら、都そのものへの未練と自己の不在を受け入れる諦観がにじむ。
この歌は、自然への愛情、都への執着、そして権力闘争に敗れた者の孤独を、きわめて穏やかな調べの中に封じ込めている点に特色がある。
怨嗟や怒りを直接語らず、香りと季節という感覚的なイメージに託すことで、個人の悲劇を普遍的な別離の情へと昇華しているのである。
後世、道真が怨霊化した伝承が広まる一方で、この歌が長く愛誦されてきたのは、そこに恨み以上に、静かな愛着と抑制された精神の姿が刻まれているからだと言える。
