信じ抜けなかった
不信感を抱いていると、疑いたくなるようなことが起こる。
楽しくいたら、楽しいことが起こるように。
この世の理とは、それくらいシンプルだ。
善悪もない。
突発的・衝動的な発言は単なる条件反射であり、会話にすらなっていない独り言のようなもの。ここでは、そこについてはスルーしておく。
不倫関係のもつれや苦しさも
究極、相手は関係ないんじゃないか?
同じことを繰り返すのは、洞察、内観していないから?
同じ状態で落ち着いていたいから?
ここまで約一ヶ月間、色々、恋愛のもつれ理論に関して、考察したり、大袈裟に感情的に理屈でつらつら書いてるけど、
最終的に突き当たるのは、「無」にも似た境地。
そもそも、
単に好きなだけじゃダメなの?
そもそも、
一度でも好きだったの?
波動共鳴の渦の中で、たまたま遭遇した二匹の🐒ストーリー。
それは今も昔も普遍的で脈々と流れる、神様の叙事詩、神話。
疑似体験してるだけじゃないの?
体験することで得られる何か大きなことがあるから。
それを感性の高いタマシイは芸術として表現したりするのだろう。
いずれにしても、
一段上に昇るとすべてはパラドックスになる。
彼を信じられなかったんじゃない。
自分自身を信じられなかっただけ。
今ここに存在しない、将来とか、運とか、まだないものにフォーカスしてた。
すり替えの術で、彼のせいにしていたことは否めない。
求められていないのに一方的に、お世話をしてあげたり、
愛のために、愛が欲しい故に、自己犠牲を進んで行っていた。
それは必ずしも彼のせいだけではなかろう。
率先してやっていたのだから。
愛されるためには、役に立たねば、
妻でもないのに、彼を支えること、彼の気持ちを優先し続けていた。
壊れるまで我慢し続けた。
期待に応えたいと思った。
そうやって条件をつけて愛し、愛されていたのは事実。
お互いが同じ性質だった。幼少時代の経験。
彼も境界線を越えて、優しさに甘え寄生した。
感情的依存の中毒性。
未解決の傷との遭遇。
未熟者は一体どっちだったのだろう。
ひとりでいても常に不安、疑心暗鬼だった。
二人の関係性以前に。
ふたりでいたら、ついに崩壊した。
信じ切れなかったのは、何を隠そう自分自身……。
特筆すべきは、
「大切にされてない」
「雑に扱われたら、容赦なく捨てる。」
そんなセリフが出る時点でアウト。
凛として生きてないからだよね。
語らなくても強さは漂うもの。
相手から軽く扱えないなと一目置かれること。
美しいものは、自らを称賛しない。
誇示したり、明言する必要がない。
承認もいらない。
仏陀の言うところの他人の悪口(ゴミ)は受け取らない。相手に返す。
相手にしないという潔さ。
雑に扱われるのは、相手の問題では無く、自分自身を蔑ろにしているからでしかない。
己の尊厳を認めていない証拠。
気高く生きるということがいかに大切か思い知った。
違和感があれば、無言で静かに手放す
曖昧な態度への執着を手放す
救うことも理解者でいることも必要ない。
きっと、誰かのために書いていたのではない。
未解決ファイル、解決済フォルダへ移すタイミング、来たり。
信じるって一体何なんだろね。
その時、必要だった人・・・
でももう今は必要ない・・・
いつも数か月で必要なくなくなってしまう宿命
楽しい会話ができる相手がいたらいい。
ユニークな感性は魅力的。
お腹がよじれるくらい爆笑できる瞬間の為に生きよう。
いつもそこにいようと思う。
いられるエネルギー変換しておこう。
それ以外に何もいらないわ・・・
