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いろは歌の暗号「とがなくてしす」はワカヒコを示していた──封印の真実と私の記憶


※この記事は、私個人の記憶・感覚・体験をもとにしたスピリチュアル寄りの考察です。
「こういう見方もあるんだな」と楽しんでいただけたら嬉しいです。
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◆ わたしの中にある「ワカヒコの記憶」

こんなことを言うのは本当に烏滸がましいのですが、どうやら私は、
前世がワカヒコだった頃の記憶らしきものを抱えているようなのです。

その感覚を手がかりに、点が線になっていった出来事を、
ここに静かに綴ってみようと思います。

愛智神話によれば、約2000年前。
神代から人代へ移行する大きな節目の時代に、
ワカヒコは父・ホアカリの跡を継ぎ、
次の 大国主 になるはずだった存在でした。

しかしその権力は参河側の ウマシマジ に奪われ、
ウマシマジがワカヒコになりかわって人の代を作っていくことになったと伝えられています。

愛智神話的系図


上記の系図からワカヒコの部分を切り取ったもの

その際ワカヒコは、


胴体

をバラバラにされ、壺に入れられ、
祟り神として祀られた そうです。

もし、わたしの中にある「ワカヒコの記憶」が正しいのなら、
来世のために犠牲となり、死ぬことは受け入れたとしても、埋められる場所は尾張だけにして欲しい、という条件を出していたのではないか。そんな感覚があります。

そして、體を入れる壺は縄文土器。

ここで少し話がそれますが、
壺には幼稚園児の頃からかなり執着を持っていました。お絵描きの時間には、壺ばかり描いていたという不思議な思い出があります。


◆ 「行けない神社」が示していたもの

YouTube「たえラジオ」でも、神社巡り投稿をしているように
私は愛智神話を知る前から神社巡りをしていました。

しかし、不思議なことに、どうしても行けない、行きたくない神社がいくつかあります。

あれだけ神社参拝動画をあげているのに、なぜか足が向かない神社があるのです。真清田神社や熱田神宮も、その代表です。

ただし、友人や知人とのイベントで否応なしに行く場合もありました。けれど、一人では絶対に行こうと思えない神社でもあります。

一方で、愛智神話関連の場所には、日帰りで大分県の宇佐神宮まで行くほど、行かずにはいられない衝動にかられることもあります。

また、不思議と豊田市にある拳母神社にも長い間行くことができなかったのですが、昨年ようやく同伴者を伴って参拝することができました。

私がどうしても行けない、行きたくないと感じる神社には、
ワカヒコを封じた何かが眠っているような氣配を感じています。

◆愛智神話で聞いた「ワカヒコの體」があるとされる場所

愛智神話では、ワカヒコの體は

頭:真清田神社(愛知県一宮市)
胴体:熱田神宮(名古屋市)
手:野間神社(知多市)
足:砥鹿神社(豊川市)

とされています。

しかし私は、砥鹿神社には行けたのです。
しかもとても自然な流れで。

その事実から私が感じたのは、

「ここにはワカヒコの足は無い」

という感覚でした。

この感覚が、今回の考察の中でとても重要になります。

◆ 言霊とコトシロヌシ
ワカヒコは、愛智神話系図では
八重事代主(ヤエコトシロヌシ) とも書かれています。

私はこの名前を見たとき、

コトシロヌシ=言白主=言霊の主

だと感じました。

私は現在、言霊学を学んでいます。
もし私がワカヒコだったとすれば、
言霊が幸わう神代時代に生きたワカヒコは、
言霊を深く理解していた者でもある
「霊知り(ヒシリ)」だったと感じています。

※愛智神話も、愛を知り、日を知る「ヒシリ」の神話。

◆ パングラムと「いろは歌」

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