『不死身の花』
用事へ向かう道中、人混みを避けて路地を歩いていると、ほんの少し先の集合住宅の壁に一つだけある、おそらく勝手口であろう、無骨な銀の扉が開き、男が出て来る。不意に現れた動くものに対する反射的な反応で眺めながら歩いていると、男は扉の前にしゃがみ込んで鋏をちょきちょきとやりながら、もう片手の缶から何やら噴霧している。もう一度それを繰り返し、またちょきちょきとやった後、おもむろに立ち上がり再び扉の中へ消えていった。
気になってしまい、思わず道を外れて建物を周回し表側に回ると、そこはクリーニング店であった。成程、と合点して再び元来た道に戻ったけれど、勿体ないことをした、とも思い始める。なぜ帰路の答え合わせまで取っておいて、自分であれこれ吟味する余地を残しておかなかったか。
また或る日。あえて馴染みのない路を歩いていると、植え込みの一角に真ん丸な樹形がびっしりと花だけで覆われている奇妙な木を見つけた。一葉の緑もない上に、同じ木の中に白と紫の花が混在して咲き乱れている。周囲とのあまりの際立ち方に、なんでこんな所に造花なんて、と悪目立ちを咎めるように訝しんでいると、近づくにつれて甘い匂いが立ち込めてくる。
予想に反してそれは紛れもなく生木であった。少し見上げる程の背丈に、手入れの賜物であろう樹形と咲きぶりに誘い込まれるように近付く。路地とはいえ商店街近くの往来の多い路を入った所なので、周囲を気にしながら鼻を近付け、花弁を手に取って瑞々しさを実感する。
純粋な「センスオブワンダー」としてはそこまでだったと思う。無垢に驚き、惹かれ、実感し、感動して不思議がる。そこからこの謎を手に入れてしまいたい、征服したいという欲求が生まれる。その手に入れ方の問題。
ついその手の中に収まっている万能の力に頼ってしまう。酒や煙草のようにあれば抗うことが難しい。写真を撮り、画像検索すると「匂蕃茉莉(ニオイバンマツリ)」という名前だった。遊びの余地なく一息に正解まで辿り着けると、それ以外が存在しなくなる。幼い頃、熱いものを食べると鼻水が出てくる何故を、自分なりに「鼻の奥には空間があって、そこに固体化された状態の鼻水の素のようなものが詰まっていて、熱いものに刺激されるとそれが蝋の様に溶け出してくる」と考えついた。無論、そんな筈はないのだけれど、現象的には破綻はないし、何より自分で手に入れた解答として、こうして今でも妙に心に残っているのは、不正解だとしてもきっとそこにまた違う大切なものが潜んでいるのを感じているからだろう。
会わない方が すれ違うほうが
手に入れてしまわないほうが
世にも不思議な木はあっという間に身ぐるみを剥がされ、名前を与えられてしまった。知らないままだったらどうだったろう。いつか知るための備えとして、今生の手がかりとして、ずっと真剣に目に焼き付け、必死に香りを嗅いでいなかっただろうか。そして今よりずっと何度も思い返しては、名もなき花として、心の中でその度に咲いてはいなかったろうか。
