黄泉比良坂
もうその矛先を失った感情の、それでもその担い手が心の中では生き続けている。恋慕、憧憬、教訓、未練、或いは後悔、或いは憎悪。もう二度とやり直せない相手は、それでも思い返した分だけ蘇り、身勝手なその感情に付き合ってくれる。
雑踏の中、見覚えのある面影がさっと視界をよぎる。思わず振り返る。もし当の本人だとして、声をかけることも、ましてや目が合うことも躊躇われるのに、それでも強く突き動かされてしまう。
二度と交わることはないと思っているならそれはもう存在はしない人。自分の感じている世界が全てというならば、二度と現れることのない、もう亡くなった人。それならば後ろ髪引かれることなく、決して振り返ってはいけない筈なのにその禁を犯した時、どうにも片付かない感情がごぼごぼと溢れ出してくる。振り返れば最後、面影に引きずり込まれて長らく取り憑かれることになる。
