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Örlög 第十六話 亡霊の肖像

『愛しい殿下へ

とうとう、今夜はクリスマス・イヴです。
やはり、お目にかかれないのでしょうか。
それより、私はこの一週間、不安に怯えて
います。殿下のお妃になど、なれないかも
しれません。それ以前に、私は、あなたの
そばに立つことさえ、許されていないの
かもしれません。
なぜ、あなたはそのように手の届かない
御方なのでしょうか。
私はただただ、あなたの妻になることを
願う女です。

でも、それも叶わないのであれば、いっそ
尼僧になります。
どうか一言だけでも、お声をください。

                フィー』

オフェリアは、涙ながらにこの手紙を書き上げた。短い手紙ではあったが、インクを滲ませたので、幾度か書き直した。そして、これを父にではなく、宮廷書記係に渡したが、結果は同じこと、父ズェルヴァンの手に戻り、この手紙も暖炉の灰となった。

一方、クリスマスの夜、ハムレットもオフェリアの手紙をしたためていた。

『愛するフィーへ

クリスマスはどう過ごした?
寂しい思いをさせて、すまない。
それなりに明るく、楽しく過ごせたと信じて
いる。

それより、私の心には一つの疑問が巣食って
いることを、前の手紙に書いたのは、覚えて
いるね?

残念ながら、その疑問は今日、確信に変わった。私は、何者でもない、厄介者の亡霊だ。
君にとって、こんな私に魅力があるかどうか
分からないが、出来ることなら、君をヴィグ
ボルグからさらって、遠くに行きたい。
いや、そうすべきなのだろう。

待っていてくれ、こんな僕を、お願いだから。

               ハムレット』


このハムレットの手紙は、ヴィグボルグ城には届いたが、オフェリアの手にもたらされることはなかった。

クリスマスの日、ハムレットが身を寄せるアルスター公爵邸は、ハムレットと使用人だけになった。公爵夫妻が、クリスマスの祝いを長男の住むマナーハウスで迎えるため、揃って、エルベ川下流域のアルテンブルク地方に出かけたのだった。
もちろん、ハムレットも『従兄弟の家』に招かれたが、彼は勉学を理由に固辞した。祖母のゲルトルードはひどく残念がったが、ハムレットには、どうしてもやらなければならないことがあったのだ。

公爵一家が馬車で出立してから暫くして、ハムレットは、使用人のハンスを呼んだ。
ハンスは、鍵束をじゃらじゃらさせながら、ハムレットのもとへやって来ると、
「この赤い紐がついた鍵にございます。階段の隅で見張っておりますので、どうかごゆるりと。」と言って、ニヤリと笑った。

ハンスは、ハムレットがこの館に来てから親しくなった数少ない若者だった。歳が近いので、何かと頼りにしやすかったし、王宮の従者と違い、堅苦しくなく、この屋敷に伝わる話を面白可笑しく聞かせてもくれた。というのも彼の家は、祖父の代からこの屋敷に使えているので、ハンスは若いのに、今では、公爵夫妻ですら知らぬようなことまで知っていた。

そして、その話の中には、テオドラ・エルベンシュタイン、ハムレットの母の話も含まれていた。だが、どれも他愛もない子どもの頃の話ばかりで、ハムレットの心に巣食うハルドレク・ヴァルンに繋がる話は、全く出ては来なかった。
「いやあ、変なんですよ。親父も爺ちゃんも、ヴァルンという名を出すと、口籠るんです。話を避けようとさえ、するんです。」
ヴァルンの話を探りたい訳まで、ハンスに打ち明けてはいないが、もはやハンスは探偵気取りであった。
「でもね、洗い場にいる婆さんが、昔、この屋敷に何度もよその国の偉い方が来なさったって、凄い馬車で目が眩むようだったって、言ってました。」
「どれくらい前だ?」
「俺が生まれる少し前、だから、殿下もまだ…。あっ、それと、この屋敷の一番上の西側に、テオドラ様が使ってなさった部屋があって、今もそのままだそうで。開かずの間になってるんですが、たまに風を通すのに、入る女中がいるとか…」「鍵の在りかは分かるか?」
ハムレットは身を乗り出して、尋ねた。
「たぶん…」
ハンスは得意気にニヤリと笑った。

こうして、ハムレットは機会を待つことにしたのだった。今日のクリスマス旅行は、その最たるものであった。

その部屋は、館の西側にあった。
ヴィグボルグの城でも、テオドラは西の間を居室とし、夕暮れ時を眺めて過ごす。そんな習慣が、この娘時代からあったのか、それとも今もなお、心だけはこの窓の景色を見ているのか?
ハムレットはそんなことを思いながら、赤い印のついた鍵を鍵穴に差し込んだ。軸の長い棒鍵は、容易には回らなかった。侵入者を拒むように固く沈黙していたが、やがて、カチッと緊張した音を立てた。

扉の向こうは、分厚いカーテンに閉ざされ、真っ暗で、かび臭かった。ハンスの話より、よほど長く外の世界を絶っていたらしい。
一枚ずつカーテンを開ける。
鉛枠の小窓から、冬の薄日が差し込んだ。林並木の向こうから、まっすぐに。
現れた部屋は、木の羽目板に、聖母子像のタペストリー、黒檀色の家具、群青の天蓋付き寝台。
ハムレットは意外に思った。
それは少女の部屋というより、修道女の独房に近かった。
祈祷台には、表紙の剥げかけた祈祷書が、今も置かれている。
たしかにテオドラは、今なお敬虔な信徒であるが、誰もが知る彼女は、華やかで、王妃として威厳に満ちた女だ。
だが、かつてこの部屋にいたのは、生成りのリネンが似合う、祈りを日々の中心に据えた娘に違いなかった。

ハムレットは、罪悪感に抗いながら、母とハルドレクを結ぶ証を探し回った。
鏡台の引き出しは、どれも空だった。
鍵付きの小箱もあったが、肝心の鍵がない。
ラテン語詩集のあいだには、紙片一枚挟まれていなかった。
糸箱の中には、色褪せた糸と、刺しかけの刺繍枠だけ。
書き物机には、鷹の羽根のペンが残されていた。テオドラのこと、そのペンで幾通もの手紙をしたためたであろう。だが、それに対する返事は残っていない。
部屋に漂っているのは、知性と、張りつめた気配ばかりだった。
ただ一つ、寝台の脇に並べられた木彫りの人形だけが違った。

少女と少年。鹿。梟。

それらは、まだあどけなかった頃のテオドラの姿を、かすかに思わせた。

ハムレットは、奥の窓辺に据えられた箱型ベッドの前で立ち止まった。
部屋のもっとも西に置かれている。
黒檀色の木肌には歳月が艶となって残り、扉には小さな鉄の取っ手がついている。
人が眠るための家具でありながら、秘密をしまう大きな櫃のようにも見える。
彼はためらいながら、その取っ手に手をかけた。蝶番が低く軋み、扉はゆっくりと開いた。

中には、深緑の厚いクッションが幾つも敷かれ、その上に毛織の膝掛けがきちんと畳まれていた。壁板には、長くもたれていた跡なのか、磨かれた艶があった。
ここで母は、本を読み、祈り、窓の外を眺めていたのだろう。
ハムレットの目に、ここで遠くを見つめる少女の姿と、ヴィグボルグの夕暮れを纏う母の姿とが重なった。
それは秘密の櫃であり、少女を育んだ子宮のようでもあった。

ふと、クッションと壁板のあいだに、布を掛けられた板があるのに気づく。ハムレットは身を屈め、櫃の中へ潜り込んだ。長身の男には、少し窮屈な広さだった。頭をつかえさせながら、その板を手に取る。
布を外すと、ひとりの男が現れた。
軍服にマントを羽織り、胸には白十字に獅子をあしらった勲章を佩いている。
油彩で描かれたその男は、どことも知れぬ遠くを見据えていた。

そして何よりハムレットを打ったのは、その男が自分と同じ髪色を持つことだけではなかった。
顎の線。
頑なな口元。
そして、虚ろに澄んだその目。
それらは肖像の中にありながら、それを見つめるハムレット自身の顔であった。
記されたその男の名は、ハルドレク・ヴァルン。神の光に背を向ける右頬は、青白く冷めていた。

ハムレットは、狭く薄暗いその空間から動けなかった。絵の裏には描かれた年号。
それはハムレットが生まれる前の年であった。
そして、こう添えられていた。

Meiner geliebten Theodora
(我が愛しのテオドラへ)

息苦しかった。
ただ、息苦しかった。
真実は見えた。
だが、道は見えなくなった。

狭く暗いその空間を出ていく勇気がなかった。
心配したハンスが、声をかけに来るまで。

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