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Örlög 第二十話 出立の朝

オフェリアの出立は、刻一刻と迫っていた。
二人は暁の塔で会うこともやめ、オフェリアは婚儀の衣装合わせや嫁入り道具選び(といっても、子爵家からは必要なしとされていたが)に精を出す振りをしていた。そして、クラァラは変わらず、侍女の仕事に精を出し、合間をぬって、オフェリアの旅の支度を整え、暁の塔に隠した。

準備は着々と進められていた。ヨアン・リスベリは云うに及ばず。

ズェルヴァンは、もう抗う様子のない娘に安堵していた。諦めるということは、彼の信じる処世術のひとつだった。

テオドラは、オフェリアの悲しみを思って沈んでいた。息子の悲しみよりも、である。それは、真実の愛を奪われた女の共感だった。

そして、トルヴァルドはー
若い者の恋などはその程度、そう思っていた。自分の妃だけが、特別、融通の利かない女だと、そう思っていた。

こうして、表面上は静かに、その日の朝を迎えた。

まだ夜も明けないうちから、クラァラは暁の塔にいた。冷たい月を眺め、どうかオフェリアの旅路を見守ってほしいと祈っていた。
ヨアンの段取りでは、『朝一番、食糧のお納め』と称して、荷馬車が東門から入って来る。オフェリアはそこに乗り込む手筈になっている。
やがて、階下から足音がした。オフェリアだった。
「…クラァラ、ありがとう。」
オフェリアはまず礼を言った。実に穏やかな表情だった。今までクラァラが見守ってきた中で、もっとも大人びて気高い姿だった。
「いよいよですね…」
クラァラは、オフェリアの腕に手をかけ、そして言った。
「お嬢様、この外套では目立ちます。」
控え目ではあるが、毛皮のついた愛らしいものだった。
「これをお召しになってくださいませ。」
「これは…」
クラァラの差し出した外套と手袋は、クラァラが身につけているものだ。彼女にとっては、一つ切りのものだった。
「…くれぐれも、目立ってはいけません。」
オフェリアは黙って頷くと、それに着替えた。
そして、自分の外套をクラァラに手渡して、言った。
「…これは、クラァラが持っていて。私だと思って、お願い…。」

少しだけ空の色が変わり始めた。星はまだ残っていたが、地平線には緋の色が走った。

朝の角笛が鳴り響く。
荷馬車の車輪の音も近づいて来た。

荷物を持って、オフェリアを見送りに出ようとするクラァラを、オフェリアは止めた。
「…クラァラはここにいて。このままお別れしましょう。」
二人は我慢できずに、少しだけ泣いて抱擁した。


その日の昼、オフェリアの姿がないことをズェルヴァンは知った。メイドの知らせだった。
自分の使用人に城内を隈無く探させたが、手がかり一つ掴めなかった。
『まさか…あの子が…』
娘の見せた大胆な行動に、父は為す術がなかった。

そして、その頃ー
オフェリアが向かったハンブルクでは、ハムレットが実に彼らの思いも寄らぬかたちで、オフェリアの婚儀を知ることとなっていた。

その日、ハムレットは、身を寄せる公爵邸の家族用の居間に一人でいた。
窓辺のアルコーブに座り、聖書を開いていた。暖かい日であれば、よく寝そべって本を読む場所であったが、この日はただそうして自分の心に向きあっていた。
母テオドラが使っていた部屋に入ったことなど、口にはしていないし、それ以上、今さら何を確かめようとも思ってはいなかった。
何者か判らなくなった自分の、決着の付け方が知りたかった。
少なくとも、何喰わぬ顔でヴィグボルグ城に戻ることはないと思っていた。
オフェリアに宛てた手紙に返事はないが、どうあれ、このハンブルクの地で生きる道を模索しよう、そう考えていた。

すると、入り口から、祖母の声がした。続いて、伯父である公爵の声もした。二人は、居間の中に入って来た。だが、アルコーブは柱とカーテンで遮られているので、二人にハムレットの姿は見えてはいなかった。
暫くは、二人の他愛もない談笑が耳に入って来た。
ハムレットは、自分の将来の模索のために、公爵と世間話がしたい、そう思っていたので、辛抱強く、祖母のお喋りが止むのを待った。
「そうそう、午前中に、手紙が届きました。」
祖母は、優しい息子を前に、話題を切らすことがなかった。
「エーレンス子爵夫人は覚えておいでよね?」「ええ、デンマークの…今は元子爵夫人ですね?母上とは昔から懇意の…」
「ええ、そうです!」
祖母の声が華やいだ。
「新年のご挨拶をいただいたのだけど、御子息、子爵殿の婚儀が決まったそうです。」
「ほお…。」
「ただ、お相手は、国王付きの…侍従長だったか…何かの娘とかで…」

『…侍従長の…娘』

カーテンの向こうのハムレットに衝撃が走った。「少し釣り合わないとは思うのだけど、何でも、子爵殿がたいそう気に入っておられるとか。…まあ、いい娘さんなのでしょう。テオドラもよく知っているでしょうし…」
「で、いつですか、婚儀は?」
「来月、いえ、もう今月ですね、14日とありました。贈り物を用意しませんと。」
「私から手配致しましょう。」
公爵の声は、半分、事務的に聞こえた。

ハムレットは、カーテンと柱を縫うように、足音を立てず、部屋を出た。
『どういうことだ?』
それは、オフェリア・ハルヴェルクのことに違いなかった。
『心変わりを?』
ハムレットは、動揺し、混乱しながら歩き続けた。
聖書は、アルコーブに伏せたまま置きっぱなしだった。
それに、祖母の言葉。
ー『テオドラもよく知っているでしょうし…』

ハムレットは、納屋にいたハンスを見つけて言った。
「…ヴィグボルグに戻る。馬を用意してくれ…。」

こうして、つい先ほどまで、帰ることはないと思っていたヴィグボルグ城に、すぐさま出立することになったのだった。

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