40代エンジニアが実感する「学び続ける者」と「止まった者」の格差
「社会人になったらもう勉強しなくていい」というのは、学生が抱きがちな大きな思い違いだ。実際には、社会人になってからの方がより一層学ぶことが増える。
正確には、学ばなくてもいい。ただ、学ぶ者と学ばない者との間に、明確な格差が生まれるのだ。
20代の新人の頃、私たちは同じ横一線のスタートラインに立っていた。しかし、5年もたつと、同年代のエンジニアの間には、もはや埋めようのないほどの実力差と市場価値の格差が広がっている。なぜこのようなことが起きるのだろうか。
どの職業でも同じことなのだが、私はシステムエンジニアなのでシステムエンジニアの視点で話をさせてもらう。
IT技術の変遷は早い。かつて重宝された技術も数年で陳腐化してしまう。学びを止めるということは、現状維持ではなく相対的な退化であり、自身のキャリアにおける後退を意味する。
システムエンジニアは新人時代に、設計、ドキュメント作成、コーディング、レビュー、テスト、障害調査といった、システム開発における一通りの作業を身につける必要がある。エンジニアは、この基礎を習得した時点で一人前になる。ただ、ここで安心してしまい、日常業務を回すことに満足してしまうと、自身のキャリアは停滞してしまう。そして、年月が経つにつれ後退を始める。技術の変遷についていけなくなるからだ。
誤解を招かないようにしたいのだが、学びを止めたエンジニアの技術力が低いというわけではない。理解力もあるし、業務をこなすスピードも早い。ただ、技術の進歩は速く、現状維持では相対的な退化が起きてしまう、ということなのだ。
人間とは、過去の成功体験に固執する生き物だ。エンジニアも例外ではない。過去は過ぎ去ったもの、未来は未だ来ていないものだ。学ばないエンジニアは、過去の経験にしがみつき、未来の変化に対応できずにいる。
いま業務を問題なくこなすことができている、ということと、これからも業務を問題なくこなしていくことができる、ということは全く別次元の話である。年月が経つと、同じ業務でも求められるスキルは移り変わっていく。当然、高度化していく。また、業務自体が自動化やAIへの移行により消えてなくなる可能性だってある。
私は日々学び続けている。そして、投資家としてFIRE(経済的自立と早期リタイア)を目指している。しかし、FIREは決してゴールではない。働く必要がなくなったからといって学びや成長を止めてしまえば、結局は社会から孤立し、生きる意味を見失うことになるだろう。FIREはあくまで人生の選択肢を広げるための通過点であり、私はその先にある、純粋な好奇心を満たすために学び、活動し続ける状態を目指している。
40代以降のキャリアにおいて、継続的な学習の有無は残酷なまでに可視化される。学ぶことは、意識が高いからやるのではない。変化が激しい現代社会を生き残るためである。また、FIREという通過点を越えて、自らの自由と裁量を持ったキャリアを手にするための、最も確実で最強の自己防衛であり、攻めの投資なのだ。
あなたのスキルは、今この瞬間も陳腐化に向かっている。それを防ぐためには、学び続けることだ。
なにも学生の頃のように朝から晩まで机に向かい勉強する必要はない。日々の少しの時間を学びの時間にすればいいのだ。今日のわずかな自己投資が、10年後のあなたを救い、真の自由をもたらす唯一の手段となるのだ。
