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NON-WARRANTY ~地下4階、保証対象外の神話~ Case File 02

【Warning】
 本作にはSF的な過激描写や
 ショッキングな展開が含まれます 。
 閲覧にはご注意ください。


かつて人類は 「煉瓦」を積み上げて
天を目指し 神に言葉を乱されて自滅した。


あれから数千年。
懲りない人類は今、「  データ  」を
積み上げて再び天に触れようとしている。


白衣のエンジニアは言う。

『結果は同じですよ。
 素材が石からシリコンに変わっても
「 許容量(キャパシティ) 」を
 超えれば崩壊する。』

現代のテクノロジーと 古代の神話が交差する
保証対象外(ノン・ワランティ)な 連作短編シリーズ。


Case File 02
『言語の塔(プロトコル・バベル)』

全人類の言葉を統合しようとしたある
CEOが意味の濁流の中で起こる物語

1. 統一言語の夢
「言葉とは 理解するためのツールでは
 ありません」

乾いた声が、地下4階の冷たい空気に
溶ける。

「他者の巨大すぎる『意味』を遮断し、
 自分の脳を守るための
『防壁(ファイアウォール)』です。
 それを撤去すればどうなるか? 」


地上の喧騒(ノイズ)が 一切届かない
その場所は 物理的には、 ただの老朽化
したデータセンターに 過ぎない。
だが、白衣のエンジニアは 皮肉を込め
てそこをこう呼ぶ。

『オリュンポス』

_________________

部屋の中央には バベルの塔を模した
螺旋状の 巨大量子サーバー「ジッグラ
ト」が 鎮座し、 七色のLEDを明滅させ
ている。

「テスト稼働開始。レイテンシ ゼロ」

今回の依頼人、言峰(コトミネ)は
世界最大手の通信コングロマリットの
CEOだ。

彼は恍惚とした表情で モニターを見つめている。

「素晴らしい。これこそが人類の悲願 だ。
英語も中国語もスワヒリ語も関係ない。
このAI『ユニバーサル・マインド』を
通せば全人類が 『一つの意味(ロゴス)』を 共有できる」

彼の悲願は全世界の言語をリアル
タイムで完全翻訳し 誤解やニュ
アンスのズレを消滅させる 統合
プラットフォームの構築だった。

白衣のエンジニアは軍用タブレットで
サーバーの負荷係数を確認しながら淡々
と告げた。

「警告します。 言語の壁(バリア)を
 取り払うことは、 文化的な緩衝材を
 失うことを意味します。
 全ての言葉が『直撃』すれば、旧式
 ハードウェアである人間の脳は、
 情報の奔流に耐えられませんよ」

「構わん。誤解こそが争いの火種だ。
 俺が今日、 神が乱した言葉を元に戻すんだ」

2. 天へのアクセス
エンジニアの警告は無視された。

言峰は、自らの延髄に ニューロ・
ジャックを突き刺す。

「接続。 世界中の声が聞こえるぞ!」

最初は順調だった。
モニターには世界中の会話が 完璧な
日本語として、
いや 「純粋な意味の塊」として
表示されている。

商談、愛の告白、政治的議論。

それらが一切のノイズなく言峰の脳内に
流れ込む。
彼は全能感に震えた。

「神になった気分だ。
 人類は、人類はついに天に届いた」

エンジニアは手元の数値を読み上げる。

「セマンティック・ギャップ
 (意味の乖離)消失。
 しかしコンテキストの圧縮率異常。
 処理限界(キャパシティ)を 超え
 つつあります」

3. 意味の飽和(カオス)
異変は最も些細な単語から始まった。

『 愛してる 』

言峰の脳内でその言葉が変質した。

翻訳AIが「愛」という単語の定義を
世界中の70億人の文脈、それは…

『自己愛』
『親の無償の愛』
『歪んだ性癖』
『ストーカーの執着』 ・・・

全てと同時にリンクさせてしまった。

「ぐ、ああ……!?」

甘美な響きだったはずの言葉が数十億
通りの「重み」を持ったノイズの塊と
なって 言峰のシナプスを殴りつけた。

「平和」「正義」「自由」。
単純な単語のひとつひとつが、
辞書的な定義を超えて人類の歴史が
背負ってきた 血塗られた文脈と共に
脳髄へ逆流する。

エンジニアは淡々と告げる。
「 意味飽和(セマンティック・サチュ
  レーション)発生。
 あなたの脳は今、 一つの単語に対し
 全人類分の解釈を 同時に処理しようとしています」

4. 崩壊するジッグラト
「止めろ! 切れ! 切断しろっ!!」

言峰は叫ぼうとした。
だが口から出たのは言葉ではなかった。

「あ、が、ギ@ル、バ*・・・!」
彼の言語野はクラッシュしていた。

「意味」が多すぎてどの単語を選べば
いいのか 脳が決定できない。
思考は高速回転しているが出力(発話)
のプロセスで 衝突(コンフリクト)を
起こし完全な失語状態に陥ったのだ。

目の前のサーバー「ジッグラト」が
異様な唸りをあげ始めた。

冷却ファンがまるでジェットエンジンの
ような轟音を立て 排気口からは陽炎が
立っている。

次の瞬間 ラックに整然と並んでいた
数多の青いステータスLEDが 一斉に
赤へと変色した。

「温度上昇、臨界点突破」
エンジニアの警告と同時に サーバー
内部で破滅的な連鎖が始まった。

『 バチッ、パンッ!! 』

それは神の雷などではない。
負荷に耐えきれなくなったコンデンサが
次々と破裂し基板が溶解する 物理的な
破壊音だ。

吐き出され、立ち昇る白煙。
鼻を刺すような焦げたシリコンと、
有毒なオゾンの匂いが混じっている。

熱暴走は止まらない。
「ジッグラト」は今、 知識の塔から
ただの高熱を発する粗大ゴミへと 成り
下がろうとしていた。

「あが、ばが・・・」
言峰は床に崩れ落ち、泡を吹きながら痙攣した。

彼の脳内では世界中の言葉が意味を
失いただの不快なノイズとなって嵐の
ように吹き荒れている。

5. 散らされた言葉
「緊急停止(シャットダウン)。
  システム、全損。」
エンジニアは 物理的なブレーカーを 落とした。 静寂が戻る。



だが言峰の理性は戻らなかった。 彼は虚ろな目で天井を見上げ 意味不明なうめき声を上げ続けている。

「ウ、ラ、ニ、モ・・・ケ、ケ**」
エンジニアは言峰の瞳孔を確認し ペンライトを消した。

「重度の感覚性失語、および統合失調症的な思考分断。 あなたはもう、 誰とも『話す』ことはできません。
自分の言葉が自分でも 理解できないのですから」


神は塔を崩し人々を散らした。

現代においてそれは  「コミュニケーション能力の 永久的な喪失」として執行された。

6. 虚無と請求書
「では、精算をお願いします」
エンジニアは、言葉を失った廃人に対し 躊躇なくタブレットを差し出した。

「『警告無視による運用規定違反』、
および 『負荷超過によるハードウェアの全損』 です」

契約者の生体認証で巨額の違約金と サーバーの廃棄費用が引き落とされる。

言峰は何かを訴えようと手を伸ばすが、 口から漏れるのは 意味のない音の羅列だけだ。

エンジニアは薄く笑い、 荷物をまとめた。


「……皮肉なものですね。 あなたは『誤解』を 争いの火種だと言った」

エンジニアは 冷却ファンの音が響く部屋を見渡しながら独り言のように語りかける。

「ですが、実際は逆だ。
 『 分かり合えないこと 』こそが、
 人間同士が 衝突せずに済むための
 安全装置(セーフティ)だったのです」

彼は言峰を見下ろした。 その目は壊れたシステムへの憐れみではなく、 単なる分析結果の報告者のそれだ。

「全てを可視化し、 白黒つけようとすれば、世界は炎上する。
曖昧さという『 クッション 』がある
からこそ世の中の秩序は辛うじて保たれているんですよ」

彼は部屋を出る際、 背越しに言い放った。

「あなたが廃人になったのは 悲劇ではありません。 警告を無視して 神のシステムを壊したことに対する 事務的な『ペナルティ』に過ぎない。」

「『理解』という名の猛毒に侵された、 あなたの脳の修復については
NON-WARRANTY (保証対象外)ですがね」


部屋には、もはや意味を持たない 音を発し続ける元CEOと、 冷えていく鉄の塔だけが残された。
そこにあるのは理解し合えないからこそ保たれる、静寂という名の平和だった。

(完)

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