NON-WARRANTY~地下4階、保証対象外の神話~Case File 05
【Warning]】本作には、SF的表現として一部過激な描写やショッキングな展開が含まれます。 閲覧にはご注意ください。
彼は単なる技術者ではない。
医師であり、発明家であり、解体屋だ。
提供するのは
「救済」ではなく「機能」。
そして請求するのは——
見積もり通りの『実費(コスト)』だ。
かつて、冥界の川に浸され
不死身の肉体を得た英雄がいた。
だが、彼のかかとだけは水に濡れず、
致命的な弱点として残された。
この地下室の主は、
弾丸を弾く無敵の皮膚(よろい)を
依頼人に縫い付ける。
ただし、熱力学の法則から逃れるための
「排熱口(かかと)」だけは、
生身のまま残して。
Case.05
『アキレウスの熱交換器』
~無敵の装甲と沸騰する内臓~
1. 執刀
都心の雑居ビル、地下4階。
地上の喧騒(ノイズ)は一切届かない。
膨大な欲望(データ)と
電子の神々(アルゴリズム)が
鎮座するその部屋を
白衣のエンジニアは皮肉を込めてこう呼ぶ。
『オリュンポス』
重厚な鉛の扉の向こう側は
産業用空調の唸りと
窒素混じりの乾燥した空気が支配する。
壁を這う無数の光ファイバーと
明滅するLEDの奥には、
鉄錆とオゾン、そして
高濃度の消毒液の匂いが沈殿している。
手術台に縛り付けられているのは
民間軍事会社の傭兵、御堂(ミドウ)だ。
彼の目は傍らで
レーザーメスのキャリブレーションを行う
白衣の男を追っていた。
界隈では
骨に染み込んだ毒を
麻酔なしで削り取ったとされる。
古代の神医になぞらえ、
彼を「現代の華佗」と呼ぶ者もいる。
その背後には、
漆黒の術衣を着た助手の女が、
まるで医療器具の一部であるかのように
無言で控えている。
御堂の目に映る彼らに、
医者としての温情や
倫理は一切見えなかった。
彼らはただ、
不良パーツを交換する整備士と、
その精密な機械アームかのように
無機質だった。
「麻酔は深めにかけます。
元の皮膚(スキン)を、
真皮層から削り取りますから」
エンジニアが指を鳴らすと、
漆黒の女が慣れた手つきで
極太のシリンジを
御堂の頸静脈に打ち込んだ。
「・・・やれ。
死の恐怖から解放されるなら、
肉の皮一枚ぐらい安いもんだ」
「痛覚遮断・・・。ブロック完了」
エンジニアが手を差し出すと、
女は流れるような動作で
レーザーメスをその掌に乗せた。
『 ジュッ、ジジジ…… 』
エンジニアが御堂の皮膚を焼く。
肉が焦げる生々しい臭いと
煙が立ち上るが女は瞬き一つせず
サクション(吸引管)で
血肉を吸い出し、
エンジニアの視界を完璧にクリアに保つ。
エンジニアは一切の迷いなく、
剥き出しになった御堂の筋肉と骨格に
漆黒の
『軍用規格カーボンナノスキン装甲』
を直接インプラントしていく。
次なる器具、
チタン製のステープラーを
女から受け取ると、
骨に直接装甲を打ち込む。
ガコン、ガコンという
乾いた金属音だけが地下室に響いた。
「換装完了だ。ただし・・・」
エンジニアは、
御堂の右足のかかとに埋め込んだ、
剥き出しの超小型冷却ファンと
銅製フィンを指差した。
女がそのフィンの周囲の血を、
医療用ガーゼで丁寧に拭き取る。
「装甲は完全な断熱・密閉構造だ。
戦闘時の膨大な熱は、
このラジエーターから強制排熱される。
したがって、ここが破壊されれば、
あなたは自身の体温で
内側から『調理』される。」
御堂は答えない。
黒い装甲に覆われた彼は、
自らの拳を握り込み、
新しい肉体の強度に酔いしれていた。
2. 摩擦と熱変換の全能感(テーゼ)
二ヶ月後。中東の紛争地帯。
御堂は単身で
敵の拠点に歩みを進めていた。
『 ダダダダダッ! 』
全方位からのAK-47の掃射が、
御堂の黒い皮膚に直撃する。
痛みはない。
弾頭が激突する強烈な運動エネルギーは、
軍用規格装甲の内部で即座に
微小な「振動」と「熱」へと変換され、
波紋のように分散していく。
かつて彼を死の恐怖に陥れていた
弾丸の衝撃は、今や
装甲の表面温度を
わずかに上昇させるだけの
無力な摩擦現象でしかなかった。
『 全能感。』
彼は「死」という人間最大のバグを
物理的に克服したのだ。
彼は手榴弾の爆風を浴びながらも笑い、
圧倒的な暴力で
敵兵の首をへし折っていく。
だが、激しい運動と
外部からの物理的衝撃は
彼の体内に莫大なジュール熱を
蓄積させていた。
『 ヒュイィィィィィン…!! 』
右足のかかとに埋め込まれた
冷却ファンが
ジェットエンジンのような唸りを上げて
超高速回転を始める。
御堂のヘルメット内HUDに
警告の赤い文字が明滅した。
『CORE TEMP: 38.5℃... 39.0℃...
冷却システム、稼働率95%』
3. 泥水の惨めな英雄(アンチテーゼ)
「クソッ、熱い……!」
無敵のはずの御堂の額から
滝のような汗が流れ落ちる。
完全密閉の装甲の中で
彼の体温は逃げ場を失い、
かかとのラジエーターだけが
唯一の命綱となっていた。
『 カキィン! 』
流れ弾が右足の近くの地面を跳ねた。
「ヒッ……!」
現代に蘇った無敵の英雄は
たった一発の跳弾の音に
喉を引きつらせた。
もし、あの回転するファンが砕けたら。
もし、排熱フィンが潰れたら。
エンジニアの無機質な声が
強迫観念となって
脳内でリフレインする。
「撃たせるな……足だけは……!」
御堂は銃弾をすべて弾き返す
無敵の装甲を持っているにも
関わらず、パニックを起こして
泥水の中に這いつくばった。
敵の射線から
「かかと」を隠すためだけに
胎児のように体を丸め、
みっともなく両足を腹の下へ抱え込む
最強の生体兵器が突如として
泥の中でうずくまった異常事態に、
敵兵たちは「自爆の罠か?」と困惑し、
一斉に射撃を止めた。
硝煙の漂う戦場に一瞬、
不気味な静寂が落ちる。
その無音の空間で
泥に塗れて震える御堂の耳にだけ、
かかとの冷却ファンが発する
「ヒュイィィィィィン」という
異常な高速回転音が
死のタイマーのように響き続けていた。
無敵の英雄が泥の中で惨めに怯え、
脆弱な人間たちがそれを
遠巻きに観察するという残酷な対比。
やがて罠ではないと悟った敵兵たちが
再び無慈悲な一斉射撃を開始する。
装甲は弾丸を弾くが
その連続した運動エネルギーは
さらなる「熱」となって
御堂の体内に封じ込められていく。
『CORE TEMP: 40.0℃... 40.5℃...
警告:排熱限界』
HUDの赤いカウントダウンが
視覚的な焦燥感となって
御堂の網膜を焼き付ける。
「撃つな! やめろ!
そこを撃つなァァッ!
撃つんじゃなぁい!!」
懇願は銃声にかき消された。
そして、運命の跳弾が
泥の中で庇いきれなかった彼の
右足のかかとを直撃した。
『 ガキィィン!!
バチバチバチッ! 』
冷却ファンが砕け散り、
銅製のフィンがひしゃげてひん曲がる。
甲高い回転音が、完全に停止した。
4. 熱力学の檻(ジンテーゼ)
「あ……あああ……」
排熱機能システムが沈黙した。
御堂の視界を覆うHUDに、
血よりも赤い絶望の致死警告アラートが
フラッシュする。
『CORE TEMP: 41.5℃... 42.0℃...
FATAL ERROR(致死的障害)』
筋肉が痙攣し、血液が沸騰し始める。
42度を超えた瞬間、
彼の脳と内臓のタンパク質が
熱変性(凝固)を始めた。
生卵がゆで卵に変わるように、
細胞が内側から物理的に壊死していく。
「あつ……熱い! 焼ける!
中が焼けるッ!」
『自身の体温で内側から調理される』。
エンジニアの無機質な警告通り、
熱力学の絶対法則が
彼を容赦なく焼き尽くす。
御堂は自分の装甲を引き剥がそうと
黒い皮膚を狂ったように掻きむしった。
しかし骨に直接ボルト留めされた
軍用規格の装甲はビクともしない。
無敵の鎧は彼を閉じ込める
「灼熱のオーブン」へと変貌していた。
「助け……開けてくれ……!
俺を出してくれェェェッ!」
泥の中でのたうち回り、
口からピンク色の
沸騰した体液を吹き出す。
やがて動きは
ビクン、ビクンという痙攣だけになり、
最後には完全に沈黙した。
外傷は一切ない。
美しい黒の装甲に包まれたまま、
彼は「自分の体温」という
熱力学の法則に殺されたのだ。
5. 虚無と免責(エンディング)
地下のオリュンポス。
モニターに表示されていた
御堂のバイタルサインが
フラットラインを示した。
「冷却機能の停止に伴う
多臓器の熱変性。
対象の生命活動、完全停止」
白衣のエンジニアは
冷徹に結果を読み上げた。
彼の背後では助手が
手術台の血痕を冷水と消毒液で
事務的に洗い流している。
今しがた別の新たな依頼人の
施術を終えたばかりの生々しい血だ。
「人はなぜ、茹で上がると分かっていて
システムを拡張したがるのか?」
エンジニアは血濡れたメスを
手元のトレイに放り投げ、
遠い戦場で焼け死んだ顧客のモニターに
向かって乾いた声で問いかけた。
「『死』という最大のバグを塞いでも、
今度は膨張する熱の処理に追われる
だけだ。
増えすぎた人口、終わりのない高齢化、
枯渇する労働力とエネルギー、
そして食糧危機。
たった一つ『死』というバグを修正した
その代償として・・・。
無数の新たなエラーが噴出し、
残されたリソースを奪い合い、
凄惨な争いが始まる」
遠くの戦場でかつての顧客が
焼け死んだことに対する感慨など、
微塵もない。
彼はタブレットを操作し、
御堂のオフショア口座から
残りの「施術費用」が
自動回収されたことを確認した。
「ひとつの課題克服で
生み出される多くの課題。
そしてそこで起こる
果てしない争いごと・・・。
進化すればするほど、
自らが発する熱で
内側から焼け焦げていく。
はたしてそれを
『進化』と呼べるのだろうか。
それとも抗いがたい
人間の『業』というやつか」
そして、電子カルテの免責事項の項目を
指先でなぞりながら、
システム的な確認作業として
無機質に読み上げる。
「密閉系におけるエントロピー増大。
放熱できなければ、
自らのエネルギーで
燃え尽きるだけです。
該当ケースは、
仕様通りの物理現象と認定」
空調の唸りと、
背後の冷たい水音だけが響く
無機質な部屋で、
男はチェックボックスをタップし
完了を宣言する。
「自然法則による
『自家焙煎(セルフ・ボイル)』
については
NON-WARRANTY(保証対象外)。」
(完)
