【63歳の戯言】スマホの操作に苦戦する自分を笑い飛ばせるようになった理由
はじめに
63歳になり、私の生活の中で最も手ごわい相手は、間違いなくこの小さな板切れ、スマートフォンです。
かつては仕事でバリバリと書類をこなし、部下を指導していた時期もありましたが、今や画面の向こうにいる見えないシステムに翻弄される毎日です。
しかし最近、そんな自分を情けないと思うのではなく、むしろ面白がれるようになってきました。
今回は、私がなぜスマホへの苦手意識を笑い飛ばせるようになったのか、実体験を交えて綴ります。
深夜の寝室で起きた光と音のパニック
私がスマホに振り回されていた象徴的な出来事があります。
ある日の夜中、ふと目が覚めて枕元のスマホで時間を確認しようとした時のことです。
寝ぼけていたせいか、どこをどう触ったのか突然スマホの背面から強烈な光が放たれました。
懐中電灯の機能が起動してしまったのです。
消し方がわからず画面を闇雲に連打しましたが、光は消えません。
まぶしさに目を細めながら格闘しているうちに、今度はなぜか最大音量で音楽が流れ始めました。
深夜の静寂の中に響き渡る演歌と、天井を照らすサーチライトのような光。
隣で寝ていた妻は泥棒が入ったのかと飛び起き、私はスマホを布団の中に隠して音と光を封じ込めようと必死でした。
結局、最後は妻に無言でスマホを取り上げられ、一瞬で解決されました。
この時の情けない姿を思い出すと、今でも笑いがこみ上げます。
音声入力が引き起こした軟体動物事件
もう一つの事件は、文明の利器である音声入力に挑戦した時に起きました。
手が離せなかったため、家族にメッセージを送ろうと、スマホに向かって「今日は夕飯がいりません」とはっきり伝えたのです。
ところが送信された文字を確認して凍り付きました。
画面には、今日は夕飯が入りません、ではなく、今日は友人とイカになります、と表示されていたのです。
すぐに訂正を送ろうと焦れば焦るほど、また音声入力が起動してしまい、イカじゃないです、タコでもないです、といった支離滅裂なメッセージが連投されました。
受け取った家族からは、ついにお父さんが軟体動物になった、とグループチャットで大笑いされました。
この時、完璧に伝えようと肩肘を張るのが馬鹿らしくなったのです。
便利な道具に使われないために
こうした失敗を繰り返す中で、私は気づきました。
完璧に使いこなすことだけが正解ではない。
失敗が誰かを笑顔にすることもあるのだと。
今の技術は、私たちの世代が育ってきた環境とは全く異なる論理で作られています。
それを60代から完璧に習得しようとする方が、土台無理な話なのです。
操作に手間取って画面を連打し、フリーズさせてしまった時は、ああ、今日も私の指先は元気だな、と考えるようにしました。
アップデートで画面構成が変わって迷子になった時は、新しい街を散歩しているようなものだ、と面白がることにしたのです。
笑い飛ばす余裕がもたらしたもの
自分を笑えるようになると、不思議と操作のミスも減っていきました。
焦りが消えたことで、画面に表示される案内を落ち着いて読めるようになったからです。
以前は敵のように感じていたスマホが、今では少し手のかかる可愛い相棒のように思えます。
63歳の今、私はスマホの達人になることを諦めました。
その代わり、スマホをきっかけに笑える達人になろうと思っています。
最新機能は使いこなせなくても、大切な人とのつながりを楽しめればそれで十分。
明日もまた、画面を指で弾きながら、予期せぬ挙動に笑わされることでしょう。
そんな毎日が、意外と悪くないと感じています。
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