動かぬもの (ショートストーリー)
(585文字)
夜桜と酒を酌み交わしているー。
冴木は足元の死体を見つめた。
頸動脈がすっぱりと切れ、血にまみれている。
老人の最期の酒は瓶から流れ、夜桜の根元に染みていた。
冴木の内で時間が巻き戻る。
地面から血が湧き出す。
酒瓶に大地から液体が逆流する。
老人のジャケットは右手だけ袖が解れていた。
死体の顔からも赤い粒が浮き、弧を描いて頸動脈へと吸い戻される。
鋭利な刃物で一息に斬りつけたのだろう、血液の勢いは凄まじかった。
頸の疵が塞がると、老人は哀しげな目を静かに開いた。
左手の瓶を冴木に向かって掲げる。
対峙する冴木の距離は近い。
刃物はもう、冴木の手に握られている。
老人はふと、その柳刃をみて赦されたような不思議な表情になる。
安堵だ。
冴木は歯軋りをした。
相手は知り合いだったかー。
然しなぜ、安堵した…
柳刃を斜に構え頸動脈を狙う。
近い。こんなに近くまで来られたのは老人がそれを待っていたからだ。
老人が左手で掲げた瓶。
利き手は右手だと、解れた袖が声高に訴える。
ここで昔、殺された児童がいたー。
冴木は微動だにしない人の右手を見た。
「ごとーさん、仏さんの右手は?」
鑑識の後藤は呟いた冴木の後ろで微笑んだ。「あいよ」
冴木が言うのだ、老人は犯人に繋がる「何か」をその手に握っているのだろう。
「じいさん、捕まえてやっからな。」
後藤は冴木の代わりに老人に言った。
お題:夜桜と
参加させて頂きます。
小牧幸助さま
よろしくお願いします。
