教本の曲を説明なく飛ばすのをやめてほしい
問題なく進んでいた教本、急に次の曲、次のページを飛ばされてギョっとした経験ありませんか?私はある。もやっとしませんか?
先生には先生の考えがあるのは重々承知。ただその考えって、生徒と共有しないと信頼関係に影を落とすことがあるよ、でも生徒側も工夫も必要かもね、という話です。
とりあえず私の経験を書く。人生2番目のチェロの個人レッスンの先生についていたときの話だ。
当時28歳くらい、ブランクも長く、基礎も危うかったので先生の見立てでスズキメソードのチェロ教本3巻から始めることになった。
バイオリンもチェロも、スズキの教本のいいところは「有名な曲で練習をするところ」である。
どれも美しい曲で、モチベーションが上がる。メロディラインのない八分音符羅列の「指の筋トレかいな」みたいな曲が、無いのである。
(←ドッツァ教本の悪口 笑)
だんだんプロが弾くような曲も増えてくるので上達も実感できる。
スズキのチェロ教本4巻入った時のこと、4巻にはバッハの無伴奏チェロ組曲からの抜粋曲がある。
バッハの!無伴奏!
やっとさわりでもこれを弾ける日が来るのか、、と楽しみにしていたのだが、前曲のマルチェロのソナタがあがったあと、あっさり先生に「バッハはやりません飛ばします」と言われた。
。。。
いや、「なんでですか、やりたいです。」と言えばよかったのだ。
でも言えなかった。
反射的に『プロの先生がいうなら仕方ないか、色々考えがあるんだろう』と黙ってしまった。
しかし結構これが自分の中では長く尾を引いてしまった。だって無伴奏だよ?チェロ弾いててやりたくない人いないよね?それわかってて飛ばした?よっぽど向いてないってこと?お前には早いってこと?
その後レッスンは普段通り通ったが、じわじわモチベーションは低下していき、その一年半後くらいにレッスンは辞めることになった。仕事やプライベートの忙しさが第1の理由だったのだが、第2には「自分ひとりでモチベーションを上げる限界だったから」だ。
辞める直前、明らかに私のやる気のなさに気付いたのか、普段技術的なこと以外をあまり話さない先生が『もう少ししたら、バッハとかもやってもらおうと思ってますから、頑張ってください』と仰った。
しかしもう辞めるのを決めていた私は『いまさら、、もう遅いよ。』というのが素直な思いだった。
前述したように私にアサーティブな意見表明の技術がなかったのも大きい。「無伴奏やってみたかったんですけど、今は難しいのですか?」その一言を言わなかった私の責任もある。
ただ生徒側に立たせてもらうと、楽器のレッスンって生徒からすると先生の中の「レッスンの中長期計画」が見えにくいのだ。「情報の非対称性」ってやつだ。クラシックの楽器は専門性が高く、素人には全く技術の習得過程の想像がつかない。なので先生に対しては引け目を感じるのだ。
バイオリンの音って、チェロの音って素敵、そう思って始めたけど私はどこに向かっているんだろう?この練習って何のためにやっているんだろう?憧れのあの曲を弾くのにあとどれくらいかかるんだろう?でもまだ下手なのにこんなこと聞いたらおかしいかな、聞きにくいな、と思ったことはないだろうか。
そういうことだ。
こういう思いは生徒側が勇気を出して言わないと、わりに先生は気づかない。
こういうギャップが起こる一因かなと思うのが、プロ(先生)とアマ(生徒)の時間感覚の違いである。
アマチュアは音楽以外に「本業の仕事」があるわけだが、一般的な会社員の場合、組織の長期目標を中期、短期目標に落としたものを、それを毎日地味に遂行し、達成し、そこになんとかやりがいを見出すような生活である。
今月も頑張って予算達成した、足りないと言われていたビジネススキルを訓練して得た、見返りに給料もらった、来期も頑張ろう、それの連続である。主婦は給与こそないものの、日々出来上がった料理や乾いた洗濯物をみて、一仕事終えた達成感を覚えるのである。
給料・成果物というわかりやすい報酬のかわりに、趣味における報酬は技術の習得だ。しかしクラシック音楽の技術はとにかく習得に時間がかかるのだ。
なので「目標→努力→報酬」のサイクルを月や日単位で短期的に回しまくる生活に慣れた社会人が、こういった中長期的でしか達成できない趣味に向き合うと「練習は頑張っているがなかなか報酬が手に入らない、上達しているかわからない」状態に慣れておらず、苦痛に感じ始める。
なので意欲的な生徒ほど「教本の曲が進む速度」だったり「難しい曲をやれているかどうか」という短期的な指針で自分の成長をはかり、自分なりにモチベーションを上げることになる。
それゆえ黙って曲を飛ばされると、急に道標を奪われた感じになりギョッとするのだ。
こういうギャップを先生は知っていてくれたらと思う。「今はこういう目標のためにこの教本をやっている」「あなたの目標の曲をやるには正直もう少し時間がかかる」「この曲は飛ばして次の曲で練習したほうが効率がいい」そういう先生の中にある練習計画を、道標を、生徒に共有してほしい。
そして生徒側は「技術的には先生は先生、でも社会人としては対等」という意識を持ち、アサーティブにコミュニケーションをとったほうがいいなと思う。
