おとなの弦楽アンサンブルでやっと合奏を理解した
大学オケで合奏嫌いになった自分が20年を経てやっと変わったという話。20年って長すぎないか。そう、そんな20年もこの記事を見つけた方には無駄にしてほしくないと思い、また経験を書いておく。
私は20年前、通っていた大学のオーケストラ部が嫌になり、定期演奏会に一度のったものの、1年で退団した。理由は色々あるのだが、まずかったことの一つに、自分に「パート間は基本仲が悪い」という認識を刷り込んでしまったことだ。
ただ実際そういう部分があるのだ。ほかの楽器に仲の良い部員がいても、同じパートは一蓮托生、ひとたび「パート間の話し合い」などになると、若さも手伝って言い合いになったりする。飲み会なんてたいていほかのパートの批判だ。また弦楽器 vs 管楽器という同盟国同士の上層の戦いも存在する。批判し、批判され、パート内の結束はさらに固くなり。。
とはいえオーケストラはクラシックでは最大の楽器編成である。あの複雑で壮大なハーモニーを、音楽を、悲喜こもごもを乗り越え作り上げたい、そんな熱い思いのもと音楽を奏でる集団、それが大学オケなのである。
で、それについていけなかったのだ。
以降は合奏からは距離を置いていた。個人レッスンは受けていたが、それすらもブランクを挟みつつである。私も立派な中年になった。
2年前個人レッスンを再開ししばらくたった後、先生が弦楽アンサンブルに誘ってくださった。昔のことがあるので悩んだが、各パートトップには先生が入ってくださるとのこと。それはすごく安心だし、学びが多そう、何より曲目が大好きなグリーグのホルベルグ組曲なので、頑張って参加することにした。
初日ものすごく緊張した。久しぶりに見るバイオリンの集団。勝手に圧を感じる。また「チェロが安定していないからテンポが取れない」とか、コンマスに「どこ見てるんだ低弦!」とか言われるのかな。こうやって昔のことを思い出す。
いい大人の集団なので当然そんな行為はなく、大変親切な方々ばかりでありがたかった。しかし練習がすすむにつれ案の定自分の音が合わない、聴こえない、メロディー部分がうまく弾けない、ことに気づきプレッシャーを感じるようになった。
まあ合奏初心者によくある不安なのだが、結構心理的にくるのだ。
何か手を打とうと、家で子にバイオリンパートを弾いてもらい、合わせることにした。子はバイオリンを習っているがまだその時点でスズキ教本の1巻である。きらきら星に毛が生えた(←きらきら星に失礼)程度しか弾けなかったのだが、運よくチェロのメロディー部分はセカンドバイオリンの譜が簡単で、なんとか指番号をふって頑張って弾いてくれた。
で、手前味噌だがものすごくきれいだったのだ。2人ともあまり音程はよくないはずなのだが、ハーモニーはできていたように思う。なにより合奏練習中には全く聴きわけられていなかったセカンドバイオリンの音が「こんなにきれいな旋律出してたのか!」とやっと耳に入ってきた。
この時私は「ほかのパートを頼っていい、たとえ自楽器のメインの旋律がうまく弾けなくてもハーモニーが、ほかの楽器が、助けてくれる」ということを唐突に理解した。
これが合奏というものなのか。他の楽器に助けてもらえるなんて考えたこともなかった。
20年も時を経て合奏は「ハーモニーを作る行為である」という基本をやっと理解したということである。
聞くところによるとどうやら「ソロで弾く技術」と「合奏でうまく合わせる技術」は全く別物らしい。最近は門下生にアンサンブルを組ませる先生も多いようだが、ありがたいことだ。ずっと個人レッスンだと合奏の機会がない。
私のように学校の部活で合奏と出会う人も多いが、素人の先輩が教えることも多いし、演奏会の完成度を上げるためにトレーナーの教え方が支配的になったりする。本来アンサンブルはパート同士の対話だ。
まあ学校にしろ、社会人にしろ、子どもにしろ、大人にしろ、日本でも良質なアンサンブルの集団に出会う機会が増えるといいな、と思う次第である。
