私が受け取った希望を、次の誰かへ
「世界は広くて、美しくて、おもしろい。」
私の希望の原点はそこだ。
でも実は、
昔からそう思えていたわけじゃない。
むしろ私は、
世界を信じることが苦手だった。
傷つくのが怖かった。
人に本音を見せるのも怖かった。
本当は繋がりたいのに、
どこかで距離を取っていた。
今回、Beauty Japanのスピーチを作る中で、
そんな昔の自分を思い出した。
そして気づいた。
私が人生を通してやってきたことは、
旅でも、
発信でも、
挑戦でもなく、
「心を開く旅」だったんだと。
心を閉じることで、自分を守っていた
私の母は統合失調症だった。
突然怒鳴り声が聞こえることもあった。
ヒステリックに叫ぶこともあった。
それに両親はよく喧嘩をしていた。
子どもの私にとって、
家は安心して心を緩められる場所ではなかった。
いつ何が起きるかわからない。
だから私は、無意識に心を守るようになった。
傷つかないように。
期待しすぎないように。
深く入り込みすぎないように。
でも本当は、
人と繋がりたかった。
理解し合いたかった。
本音を話したかった。
だから苦しかった。
近づきたいのに近づけない。
心を開きたいのに開けない。
そんな感覚を抱えながら生きていた。
世界一周に出ても、心は閉じていた
大学生の頃、
私は「正解のない問い」と出会った。
それまでの私は、
正解を探して生きていた。
間違えないように。
失敗しないように。
期待に応えられるように。
テストでは「答え」を覚えればいい点が取れた。
でも世の中には、
答えがひとつではないものがある。
その事実に衝撃を受けた。
もっと広い世界を見てみたい。
そう思って、
20歳で世界一周の旅に出た。
でも不思議なことに、
世界中を旅しているのに、
私はまだ心を閉じていた。
知らない国へ行っても。絶景を見ても。
自分から人の輪に入れない。
本音を話せない。
どこかで一歩引いてしまう。
旅に出れば変われると思っていた。
でも、
場所を変えただけでは、
自分は変わらなかった。
「自分には何もない」
劣等感の塊だった。
そんな時、
ある人に言われた。
「なんでこんなに広くて面白い世界にいるのに、内側にこもってるの?」
図星だった。
その言葉のあとに見た夕陽を、
私は今でも覚えている。
空が燃えるように赤くて、
世界が息をのむほど美しかった。
その景色を見ながら思った。
私は今まで、
世界を見ているつもりで、
自分の不安や恐ればかり見ていたんだ。
その瞬間、
少しだけ心が開いた。
そして、
少しだけ人と話してみた。
少しだけ自分を出してみた。
すると、
世界は思っていたものと違った。
自分らしく生きる人たちがいた。
挑戦する人がいた。
旅をする人がいた。
表現する人がいた。
みんな違う人生を生きていて、
みんな違う輝き方をしていた。
その姿を見て、
生き方に正解はないことを知った。
「みんな違ってみんないい」って
小学生の頃から何度も聞いていた言葉が、
初めて腹の底まで落ちた。
そして初めて、
「私も私でいいんだ」と思えた。
世界を旅したことより、
そのことの方が、私の人生を変えたと思う。
姉と兄との旅で確信したこと
帰国後、
私が向き合ったのは家族だった。
私は長い間、
家族を受け入れられずにいた。
特に、
脳性麻痺で車いすの姉。
そして、
生きづらさを抱えてきた兄。
でも、
世界一周の旅を通して、
生き方に正解はないこと。
人はそれぞれ違う輝き方をすること。
それを知った私は、
少しずつ家族とも向き合えるようになった。
そしてある時思った。
この景色を家族にも見せたい。
この世界を一緒に感じてほしい。
その想いから、
クラウドファンディングでご支援をいただき、
姉と兄を連れてアメリカ旅を計画した。
でも、
旅はすぐには実現しなかった。
コロナ禍になった。世界は止まった。
その間に法人化し、
子どもを授かり、
出産した。
気づけば、
私の人生は大きく形を変えていた。
どこへ向かえばいいのか分からない。
私は何者なんだろう。
そんな風に迷走した時期もあった。
アメリカ旅も、
一度は諦めかけた。
経済的なこと。
子どものこと。
難しい理由はいくらでもあった。
それでも、
どうしても諦めきれなかった。
そして不思議なことに、
執着を手放した頃、
旅に行ける条件が揃っていることに気づいた。
2023年。
ようやく旅は実現した。
旅の中で、
私は二人の表情が変わっていくのを見た。
初めて見る景色。
初めて出会う人たち。
初めての体験。
その一つひとつに、目を輝かせていた。
特に印象に残っているのは、
「できない」
と思っていたことに挑戦する姿だった。
旅の中で、
姉も兄も、
少しずつ世界に心を開いていった。
そして心を開くたびに、表情が変わっていった。
笑顔を忘れていた兄が笑うようになった。
私はその姿を見ながら思った。
ああ、
人は可能性がないんじゃない。
閉じているだけなんだ。
忘れているだけなんだ。
私自身がそうだったように。
だから私は確信している。
広い世界や新しい景色には、
閉じていた心を開く力がある。
そして心が開いた時、
人は本来の自分を思い出していく。
自分を信じられなくなった時も、信じてくれる人がいた
人生は思い描いた通りにはいかなかった。
何度も立ち止まった。
何度も、
「私は何をやっているんだろう」
と思った。
正直、
自分を信じられなくなったこともある。
世界一周をして。
家族との旅もして。
たくさん挑戦してきたはずなのに。
それでも人生はうまくいかない。
そんな現実に打ちのめされそうになった。
でも、不思議と絶望はしなかった。
なぜなら、
私には思い出せる景色があったから。
世界一周で見た夕陽。
姉と兄の笑顔。
旅の中で出会った人たち。
そして、何よりも。
私を信じてくれる人たちがいたから。
自分を信じられなくなった時も、
私以上に、私のことを信じてくれる人たちがいた。
「あなただったら大丈夫。」
「本来のあなたはこんなもんじゃないでしょ!」
何度その言葉に救われただろう。
私は、
たくさんの人に支えられてここまで来た。
たくさんの希望を受け取ってきた。
私は思っていた以上に、愛されていたんだと気づいた。
子どもが教えてくれたこと
子どもが生まれて、
私の人生は大きく変わった。
思うように動けない。
それまで大切にしていたものを、
たくさん手放すことになった。
正直、苦しかった。
自由だった自分。
挑戦していた自分。
どこへでも行けた自分。
それらを失ったような気がしていた。
でも今思えば、
あれは遠回りではなかった。
方向転換だったんだと思う。
子どもは、
私が見たい世界を、いつも見せてくれる。
道端に咲く花。
空を流れる雲。
虫たちの動き。
夕焼けの色。
大人になると見過ごしてしまうものを、
子どもは立ち止まって見ている。
そして全力で感動している。
誰にでも壁がなく、自然と話しかける。
ボーダーレスだ。
その姿を見ながら、私は何度も思った。
私が世界一周の旅で感じたことを、
この子は毎日やっているんだな、と。
五感で感じること。
今ここを味わうこと。
心を開くこと。
世界の美しさに気づくこと。
私は子どもに何かを教えているつもりだった。
でも本当は、
たくさんのことを教わっていた。
世界は広くて、美しくて、
おもしろい。
そのことを、
子どもは毎日思い出させてくれる。
だから私は今、
昔よりずっと近くで、
世界を感じられている気がする。
子どもは、いつも私が見たい世界を見せてくれる。
私が渡したいもの
振り返ると、私の人生は、
たくさんの人に支えられてきた人生だった。
世界一周に背中を押してくれた人。
兄と姉との旅を応援してくれた人。
立ち止まった時に手を差し伸べてくれた人。
自分を信じられなくなった時に、
私以上に私を信じてくれた人。
私はその度に、
希望を受け取ってきた。
勇気を受け取ってきた。
愛を受け取ってきた。
だから今度は、
私が渡す番だと思っている。
私は旅を勧めたいことより、
海外へ行こうと言いたいことより、
挑戦しようと言いたいことよりも、
私が届けたいのは、
もっとシンプルなものだ。
大丈夫。
という感覚。
世界は思っているより優しい。
あなたは思っているより愛されている。
そして、
あなたも、
あなたが思っている以上に、
美しくて、おもしろい。
心を開くのは怖い。
私も今でも怖い。
それでも私は、
心を開いた先の世界を知っている。
心震える景色があることを知っている。
想像を超える出会いがあることを知っている。
人生を変えるような繋がりがあることを知っている。
だから私は、これからも伝え続けていく。
そして、
共鳴する仲間たちと共に、
誰もが自分らしく輝ける社会を創っていく。
誰かが誰かを信じ、
受け取った希望がまた次の誰かへ渡っていく。
そんな循環を波紋のように広げていきたい。
世界は広くて、美しくて、おもしろい。
そして、
あなたが思っている以上に、優しい。
もし今、
立ち止まっている人がいたら。
もし今、
自分を信じられなくなっている人がいたら。
この言葉を届けたい。
大丈夫。
あなたは、
あなたが思っている以上に、
愛されている。
だから私はこれからも、
受け取った希望を、
次の誰かへ渡し続けていく。
それが、私の悦びであり、
やり続けていきたいことだから。
