【エッセイ】波の憧れ
波の音。
私にとって、海は憧れだった。
どこまでも続く青い世界。
それまで画面や教科書の向こう側でしか
見たことのなかった場所に、
私は大学に入ったばかりの夏の初めに、
初めて足を踏み入れた。
サークルの新歓で訪れた、海辺。
周りは誰も知らない人ばかりで、
そこは何も知らない場所だった。
これから始まる新しい日々への
大きなワクワクと、
うまくやっていけるだろうかという小さな不安。
胸の奥がソワソワとざわついていた。
「潮の匂いがするね」
と誰かが言っていたけれど、
緊張していたせいか、正直よく分からなかった。
靴と靴下を脱ぎ、裸足になって砂浜に立つ。
陽の光によって温かくなった砂浜は、
寄せ寄せる波によって冷やされていく。
じんと温かい砂の感触のあと、
冷たい海水がスーッと私の足元を通っていった。
その瞬間。
波が寄せては返す規則正しい音と一緒に、
それまで身体を固くしていた緊張が、
一瞬ではれていくのが分かった。
ふと視線を上げると、
空を映すように波は綺麗な青色だった。
じわじわと、胸の昂りを感じる。
「ああ、本当に海に来たんだ」
そう思った瞬間、自然と笑みが溢れて、
私は波打ち際で小さくはねていた。
目の前に広がる水平線を見つめながら、
私は初めて「海の広さ」を体感していた。
どこまでも続いていくようなその青さは、
世界の広さそのもので、
これから始まる私の大学生活には
無限の可能性が眠っているのだと、
語りかけてくれている気がした。
足元を通り抜ける冷たさ、
目に入ってくる圧倒的な青、
そして耳に届く波の音。
憧れていた場所は、
冷たさと温かさをあわせ持って、静かに、
でも確かに私を受け止めてくれていた。
あれから時間が経った今でも、
ふと波の音を聞くと、
あの足元の感覚を、
そして世界の広さと
これからの可能性に胸を踊らせたあの瞬間を
鮮明に思い出す。
不安も期待もすべて抱えて立った
あの夏の初めこそが、
私の新しい世界の、
最初の1ページだった。
