下町音楽夜話 Reloaded 486「ヨーロピアン・カルテット・ライヴ・イン・下町」
■■■本稿は下町音楽夜話486「ヨーロピアン・カルテット・ライヴ・イン・下町」(2011年10月15日)に加筆修正したものです■■■
ようやく秋らしくなって絶好のお出かけ日和となった3連休初日、すみだトリフォニーホールでトゥーツ・シールマンスのライヴを観てきた。御歳89歳という高齢が少々心配だったが、なかなかどうして、1時間40分ほどの決して長くはないコンサートとはいえ、しっかり演奏してくれた。アンコールの拍手が巻き起こったときには、少々気の毒な気もした。最後の最後におまけのような「セント・トーマス」を披露するに至っては、「もうお休み下さい」と恐縮したくなる状況だったが、なかなかお茶目なじいさんで、また終始楽しみながらやっているといった雰囲気で、後味は非常によろしい内容であった。ライヴは一期一会、次があると思ってはいけないと常々書いているが、こればかりはラスト・チャンスかと思われたので、本当に観ておいてよかったと思ったものだ。
実は自分の場合、今回のお目当てはトゥーツ・シールマンス御本人ではない。バックの嬉しいメンツに引かれてチケットを入手したのである。何せ昨年あたりからハマっているベーシスト、ハイン・ヴァン・デ・ガインの名前を見つけたのでもう居ても立ってもいられない思いであった。しかもピアニストはカレル・ボエリーだという。この二人、いずれも自己名義で来日しても、十分に観客を動員できるのではと思う中堅実力派ジャズメンだが、しっかりバックに徹して、なかなか好感の持てる演奏を聴かせてくれた。昨年トゥーツ・シールマンス・アンド・ヨーロピアン・カルテット名義でライヴ盤もリリースしており、息のあった演奏は素晴らしいものであった。できることなら御大抜きで、トリオ演奏の日を1日でも設けてくれればそちらに行ったかもしれないが、日本での認知度に不安があるのか、そういうお楽しみは実現しなかった。近い将来、コットンクラブあたりで、ぜひとも企画してもらえないだろうか。
カレル・ボエリーに関しては、昨年末の京都旅行の際(下町音楽夜話第446曲「京都旅行の思い出は」参照)、祇園から清水寺に向かっていた折に休憩した二年坂の「八坂焼団子・鶴屋定家」という「小さな町家のギャラリー」と謳っているカフェ&ギャラリーでBGMに流れており、お店のオーナーさんと「実にいい雰囲気だ」と交わした会話が忘れられない。そこでいただいた伊藤若冲のポストカードは、今でも大事に手元においてある。
そういった事情から、一度はライヴで観てみたいと思っていたもので、今回実現したことは、望外の喜びでもあったのだ。内心せっかくの思い出に水を差すことになるのではないかと不安がなかったわけではない。ヨーロピアン・ジャズ・トリオで世界中で認知され、どちらかというとイージーリスニングに近い存在としてカテゴライズされるカレル・ボエリーは、さほど好みのピアニストとは思っていなかったのだ。しかし生で聴くと、高音使いで低音をカットしたようなピアノの音は、意外なほど自分好みのものであった。低音が強過ぎるピアノが苦手な自分にとって、実に心地よく響いてくれたのである。
また、ハイン・ヴァン・デ・ガインに関しては、下町音楽夜話第427曲「アシストの名手」で詳しく触れたが、生で観たことにより少々印象が変わってしまった。「決して手数の多いテクニック重視のタイプではない」と思い込んでいたが、実に素晴らしいテクニシャンであった。アコースティック・ベースの絃に軽く触れているだけとしか見えない押さえ方で、かなり早弾きのフレーズを繰り出してくる。それでもしっかり音が粒だっているのだから、相当の握力の持ち主か。かなり大柄であることからして、ベースを弾いている様が実に絵になる男である。
立ち居地からしても、人柄を表しているようだが、トゥーツ・シールマンスの真後ろで演奏しており、他の楽器との扇の要の役割に徹しているようであった。「アシストの名手」といった思いは変わらないのだが、出るところは出る、引くところは引くといったスタンスは、さすがヴェテランと言いたくなる。「彼と一緒であれば、演奏していて楽しいだろうな」といった印象は一層深まった。また、ヨーロピアン・ジャズを代表するベーシストと言って過言ではないことを確信した。
ドラマー、ハンス・ヴァン・オーステルホウトに関しては、残念ながらまったく予備知識がないままである。しかし、実に巧みなブラッシュ・ワークは、相当の場数を踏んでいるようであった。トゥーツ・シールマンスの入退場の際にはエスコート役を務め、じいさんにチャチャ入れられっぱなしといった状況だったが、この男の音源も少しあたってみようかと思わせる演奏内容ではあった。
総じて満足のいく内容だったが、残念なことが一つ、PAからの出力が足りない、つまり音が小さく感じてしまったのだ。自分の席は前から5列目少々右寄りだったのだが、PAからは約10メートルの距離、しかも自分の方向を向いており、うるさ過ぎてもおかしくない位置関係だった。しかし、もう少しボリュームを上げてくれないかなと思う場面が何度かあったのだ。全くノイズもない素晴らしい音響であっただけに、一層残念でならない。きっと他のお客さんはもっと音量不足を感じていたのではなかろうか。まあ、それでも、皆さんニコニコと満足気に駅へ向かっていたので、内容としては決して悪くなかったということだろう。
ギリシャに端を発する債務危機問題で揺れに揺れているEU欧州連合ではあるが、今回の全欧州選抜のようなメンツの嬉しいライヴは、そうそう実現するものでもなかろう。じいさん、本当にご苦労さま。
■2026年の独り言■
やはり89歳でツアーとかって無理だとは思いましたが、良い音は堪能しました。ハイン・ヴァン・デ・ガインは、日本ではさほど知られてないかも知れませんが、素晴らしいベーシストです。
