おかしくなる会話(呪い編)
別に、オカルトな話ではない。
白川静氏も言っていたように、文字自体が呪詛を含むなど、言動もまた呪詛に繋がるのだ。
漢字の成り立ちに呪術行為からできた文字が多いように。
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古典芸能などやる人も、古い文化の扱いには慎重になっている。
能などは、この世とあの世の表現、あの世あっての表現なのである。
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なぜ、傷つくのか?といえば、感情だけではない。
河合隼雄などは、精神的な深層、魂の層に入るくらいの仕事をして、患者の魂の回復を目指していた。
精神、精神と身体の境、そして魂など、人間…生き物には、色んな持ち物がある。
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自然治癒力には、心身も含め魂まで入れないと、回復には繋がらないのではないか。
生まれて今まで来た道のりで、成長しながら傷つく。
回復というのは、ちゃんと傷が供養された事を意味する。
いや、傷つきながら戦うというのもあるか、結局は自分で回復できるチャンスを得ないと、どこにもいけない。
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会話は、意図あったり、企みがあれば、呪いじみてくる。
その手の会話が有害なのは、洗脳を超えた心身の境や魂に至るくらいの層を酸のように冒すからだ。
どれも、思うようにしたいという願望が込められている。
逆に、祝福というは人間の存在、目の前の人間がいても良い、というのを認め寿(ことほ)ぐことにある。
世界や身の回りへの祝福がない、というのは考えてみれば恐ろしい。
無関係と思われることの全ては、無意識にもどこかで繋がってる。
