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【愛縁奇縁/神代編】第五話:虚空に響く最期の声

 椥の咆哮と共に神気が荒れ狂い、天地そのものが震えた。

 白銀と黒曜は視線を交わし、本来の蛇神の姿に戻る。
 白と黒の大蛇が椥へ絡みつき、暴走を押さえ込もうとした。

「椥様……っ、どうかお鎮まりください!」
「その怒りは御身を削ります!!」
「……――――邪魔をするな!」

 椥の怒声と共に力が爆ぜ、巨蛇の身は一瞬で弾き飛ばされた。
 大地を抉りながら遠くへと叩きつけられ、二柱は呻き声を上げる。

「椥様……どうか……っ」
「お、落ち着いてください……!」

 二柱の声は次第に途切れ、神気の奔流に意識を奪われていく。
 影のように溶け、人の姿へ戻ると同時に静かに倒れ伏した。

 続いて玄と華が駆け寄り、必死に声を張る。

「椥様! どうか御身をお労りください!」
「……お願いします、思い直して……!」

 だが彼らもまた、近づいた瞬間に膝をついた。
 立っていることすら出来ず、呼吸を乱し、視界が暗く染まっていく。

「……椥さ、ま……」
「ゆ、き……椥……さ…………」

 最後の言葉は掻き消え、二人の身体は静かに地に伏した。
 神の力は留まることを知らず、在るだけで周囲を圧倒する。

 戦場は、もはや阿鼻叫喚。
 神も人も、呪も……――――全てが渦の中で悲鳴を上げている。

 終焉を覚悟せざるを得ない中で、黑と白哉は椥の前に立ちはだかった。

「……退け」
「すまんが、そん願いば聞いてやれん」

 黑の短い返答を聞き、椥の瞳が赤黒く光る。

「……何故だ? 白はお前たちの妹でもあるだろう?

 悔しくないのか? 哀しくないのか?」
「そんなん、悔しいに決まっとるやろ!」

 応えたのは白哉だった。
 震える両拳を固く握り締めながら、言葉を絞り出す。

「でも、どんな暴れたってあの子は戻って来ん!」
「白哉の言う通りじゃ。それに、今のお前さんを見たば白が哀しむ。

 ……これ以上、白を泣かせんでくれ」

 椥の顔に一瞬だけ影が差した。だが直ぐにその瞳は冷徹さを取り戻す。

「は……お前たちに何が解る。あの子の側にずっと居たのは、この私だ」

 刃のような気配が辺りを切り裂く。

「もう一度だけ言う、退け。あの子に免じ……今ならまだ赦してやる」

 一触即発、空気が張り詰める。
 だが黑も白哉も一歩も引かず静かに睨み合う。

***

 そんな最中。戦場の隅で、元老院の数名が堂を抜け出そうとした。

「今のうちだ!」
「ここを離れ……っ」

 だが、その行く手に立ちはだかる影があった。

「逃げては、いけませんよ?」

 日夊だった。氷のように冷たい笑みを浮かべ、杖を軽く振る。

「……これまでの行いを悔いて、神罰を受け入れる時が訪れたのですから」

 元老院の面々が息を呑む。その足は凍り付いたように動かない。

***

 その刹那……――――天羅は黙々と地面に血で図形を描いていた。
 己の血、そして白の血を混ぜ合わせ。

 大きな円環が戦場の床に広がっていく。

「……っ」

 その様子に宿儺が気づき、ぎょっと目を見開いた。

「何をしている!」
「何って……君なら聞かなくても分かるだろう?」

 天羅は顔を上げずに淡々と答える。

「っ……勝手なことをするな! 俺は、この女がどうなろうが関係ない!」 

 宿儺の怒号に、天羅はただ静かに微笑んだ。

「……私は、彼女に救われたから助けに来たんだ」
「天羅ぁ!」

 宿儺が歩み寄ろうとしたその時。
 天羅が彼に対して手を翳すと、宿儺は胸を押さえて蹲った。

 身体の奥から、抑えきれぬ力が暴れ出すかのように苦しい。

「……くそ……っ」

 天羅はその姿を横目に見やり、声を落とす。

「宿儺、手を貸してくれたことは感謝する。でも、邪魔はしないでくれ」

 言葉と共に、血で描かれた図が不気味に光を帯びていく。
 天羅は白の亡骸に手を添え、声を震わせ呟いた。

「白……たとえ、この命を失うとしても死なせはしないよ。
 君は、怒ると思うけど……ごめんね。

許してくれなくて良いから……君には生きて、幸せになって欲しいんだ」
「止せ!!」

 宿儺の絶叫が戦場を揺るがした。直後。

 地面が裂け、漆黒の手が幾つも生え出る。
 それらは白の亡骸と天羅を絡め取り、瞬く間に飲み込んでしまう。


 愛しいモノの温もりを喪い全てを無に帰すために、我を忘れた哀れな神。
 それを止めるは、朱い鬼と蒼い鬼。

『お兄っ……お兄ちゃん……!』
 
 白い鬼の妹が残した願いを叶えるため……――――。

『助けてっ……椥を、助けて! ……私の、大切な人なの!

 ……お願い、…………お願いしますっ!』

▶次の話


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