夏休みの終わり

夏休みの終わり

八歳だった夏のことを、僕は今でもはっきりと覚えている。

蝉の声。畳の匂い。そして、おばあちゃんの家のあの、少しきしむ縁側の音。

僕、拓真はその年の夏休み、両親の仕事の都合で一ヶ月まるまる、田舎のおばあちゃんの家で過ごすことになった。最初は友達と遊べないことに、ひどく不満だった。でも、その不満はおばあちゃんの家に着いて三日も経たないうちに、すっかり消えてしまった。

おばあちゃんは毎朝、僕を庭の畑に連れ出してくれた。土の中から真っ赤なトマトを見つけたときの、あの興奮を僕は今でも忘れられない。

「拓真、上手にできたねえ」

おばあちゃんは、いつも少ししわがれた声でそう褒めてくれた。その声を聞くと、僕はなんだかとても誇らしい気持ちになった。

おばあちゃんの家には不思議なことがたくさんあった。

夜になると天井の一部が、ミシミシと音を立てる。僕が怖がると、おばあちゃんはいつも、こう言って笑った。

「あれはね、家が一日の疲れを、伸びをしてほぐしとるんよ」

僕はその説明を素直に信じていた。だから夜、天井の音が聞こえるたびに、僕も布団の中でこっそり伸びをするようになった。

昼間は近所に住む同い年の男の子、健太と川で遊ぶことが多かった。おばあちゃんは僕たちが出かけるたびに、必ず大きな麦茶の水筒と、蒸したじゃがいもを持たせてくれた。

「危ないことは、しちゃいかんよ」

その一言と一緒に、おばあちゃんはいつも僕の頭を優しく撫でてくれた。

夕方になると、僕とおばあちゃんは二人で縁側に座って、西瓜を食べるのが日課になっていた。

「おばあちゃん、この種、どこまで飛ばせるか勝負しよう」

僕がそう言うと、おばあちゃんはいつも楽しそうに笑いながら、勝負に付き合ってくれた。おばあちゃんは意外にも種飛ばしが得意だった。

夏休みも半分を過ぎた頃から、僕は少しずつあることに気づき始めていた。

おばあちゃんが畑仕事をする時間が、だんだん短くなっていった。朝、庭に出る時間も少しずつ遅くなっていった。

「おばあちゃん、今日は畑、行かないの?」

「今日はちょっと疲れとるからねえ。拓真、一人で見てきてくれる?」

その言葉の意味を、当時の僕は深く考えることをしなかった。ただ単純に、少し寂しいと感じただけだった。

ある日、おばあちゃんが台所で静かに座り込んでいるところを、僕は見かけた。

「おばあちゃん、大丈夫?」

僕が声をかけると、おばあちゃんは慌てたように、いつもの笑顔を作った。

「大丈夫、大丈夫。ちょっと休憩しとっただけよ」

その日から、おばあちゃんの家には時々、知らないおばさんが訪ねてくるようになった。後で知ったことだが、それは近所を回っている訪問看護師さんだった。

夏休みの終わりが近づいたある夜、おばあちゃんはいつもより早く僕を布団に入れながら、こんなことを言った。

「拓真、今年の夏、おばあちゃんとたくさん思い出、作れたねえ」

「うん! 来年も、また来るよ」

僕が無邪気にそう答えると、おばあちゃんは少しの間、黙り込んだ。そして静かに僕の頭を撫でながら、こう続けた。

「来年のことは誰にも分からんけどねえ。でも、拓真がおったこの夏のこと、おばあちゃんは絶対に忘れんよ」

その言葉の重みを、当時の僕はまだ理解することができなかった。ただ、いつもよりも少しだけ長く、おばあちゃんが僕の頭を撫で続けてくれたことだけは、はっきりと覚えている。

夏休みの最後の日、僕たちは二人で近くの神社まで花火大会を見に行った。おばあちゃんはいつもよりゆっくりとした足取りで、それでも僕の手をしっかりと握りしめながら、坂道を登ってくれた。

夜空に大きな花火が上がるたびに、おばあちゃんは隣で子供のように目を輝かせていた。

「拓真、見てごらん。今の花火、まん丸でとっても綺麗じゃったねえ」

僕は花火よりも、その花火を見つめるおばあちゃんの横顔の方が、なぜだか強く記憶に残っている。

翌日、両親が迎えに来た。

「おばあちゃん、また来るね!」

僕は車の窓から大きく手を振った。おばあちゃんは家の前に立ち、いつまでもその場で僕たちを見送ってくれていた。だんだん小さくなっていくおばあちゃんの姿を、僕は車が角を曲がるまでずっと見つめ続けていた。

それが僕が見た、おばあちゃんの最後の元気な姿だった。

それから二ヶ月後、おばあちゃんは静かに息を引き取った。膵臓に進行した癌が見つかっていたのだと、後になって両親から聞かされた。あの夏、おばあちゃんは自分の体の変化にとっくに気づいていたのだ。それでも僕には、そのことを一切悟らせないようにしてくれていた。

葬儀の日、僕はおばあちゃんの遺影を見つめながら、あの夏の日々を一つ一つ思い出していた。トマト畑。西瓜の種飛ばし。そして、あの夜の花火。

なぜあの時、もっとおばあちゃんのそばにいなかったんだろう。なぜもっとたくさん、話を聞いてあげなかったんだろう――そんな後悔が幼い胸に押し寄せてきた。

終章

あれから二十五年が経った。

僕は今、三十三歳になり、自分にも八歳になる息子がいる。今年の夏、僕は久しぶりに息子を連れて、あの、おばあちゃんの家があった場所を訪れることにした。

家はもう取り壊され、更地になっていた。それでも庭の隅には、当時のままの小さな柿の木が変わらずそこに立っていた。

「お父さん、ここ、昔住んでたの?」

息子が無邪気に尋ねてきた。僕は静かに頷いた。

「お父さんのおばあちゃんの家だったんだ。お父さんが、お前と同じ八歳の頃、この場所でとても大切な夏を過ごしたんだよ」

僕はあの夏の日々を、息子に一つ一つ話して聞かせた。トマトの収穫。川遊び。西瓜の種飛ばし。そして、最後の夜のあの花火のこと。

話し終えた後、僕はふと、あの夏、おばあちゃんが僕にかけてくれた言葉を思い出していた。

「拓真がおったこの夏のこと、おばあちゃんは絶対に忘れんよ」

あのとき、おばあちゃんは自分の命が長くはないことを、すでに悟っていたのだろう。それでも最後の力を振り絞って、幼い孫に精一杯の幸せな夏を与え続けてくれていた。

僕は息子の小さな手を、そっと握りしめた。

「よし、今日は久しぶりに、西瓜食べに行こうか」

「やった! お父さん、種飛ばし勝負しようよ!」

息子の無邪気な笑顔を見つめながら、僕は静かに、あの夏の日々への感謝の気持ちを噛み締めていた。

蝉の声が、あの夏と変わらずに夏空高く響き渡っていた。

(了)

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