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23.日本最大の古墳群が伝える古代王権の物語:百舌鳥・古市古墳群(大阪府)の全貌


世界が認めた日本の古墳文化

2019年7月6日、アゼルバイジャンの首都バクーで開催された第43回世界遺産委員会において、「百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)」が世界文化遺産への登録を果たした。この登録により、日本の世界遺産は文化遺産19件、自然遺産4件の計23件となった。正式な英語名称は「Mozu-Furuichi Kofun Group: Mounded Tombs of Ancient Japan」であり、直訳すると「百舌鳥・古市古墳群:古代日本の墳丘墓」となる。

百舌鳥・古市古墳群は、大阪府の堺市、羽曳野市、藤井寺市の3市にまたがって分布する、4世紀後半から5世紀後半にかけて築造された49基の古墳で構成される。これらの古墳は、古墳時代の最盛期に築かれたもので、日本列島における古代国家形成期の姿を今に伝える貴重な歴史的遺産である。

この世界遺産登録は、ユネスコの世界遺産登録基準(クライテリア)のうち、(iii)と(iv)を満たすものとして認められた。基準(iii)は「現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在である」というもので、基準(iv)は「歴史上の重要な段階を物語る建造物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本である」というものである。

二つの古墳群が織りなす歴史の舞台

百舌鳥・古市古墳群は、その名の通り、百舌鳥古墳群と古市古墳群という二つの古墳群から構成されている。これら二つの古墳群は、約10キロメートルの距離を隔てて存在し、それぞれが独自の特徴を持ちながらも、密接な関係を保ちながら発展してきた。

百舌鳥古墳群は、大阪府堺市の北部に位置し、23基の古墳で構成されている。この地域は大阪湾に面した台地上に位置し、古代においては海上交通の要衝として重要な役割を果たしていた。百舌鳥古墳群の最大の特徴は、世界最大級の墳墓である仁徳天皇陵古墳(大仙陵古墳)の存在である。

一方、古市古墳群は、大阪府羽曳野市と藤井寺市にまたがって分布し、26基の古墳で構成されている。この地域は大阪平野の東部、河内平野の中心部に位置し、大和(奈良盆地)と河内を結ぶ交通の要所に当たる。古市古墳群には、応神天皇陵古墳(誉田御廟山古墳)という、仁徳天皇陵古墳に次ぐ規模を誇る巨大古墳が存在する。

これら二つの古墳群は、ほぼ同時期に形成され、互いに関連し合いながら発展した。この配置は、当時の政治的・地理的な戦略性を反映しており、海と陸、それぞれの交通路を掌握する意図が読み取れる。

前方後円墳という独特の墳墓形式

百舌鳥・古市古墳群を特徴づける最も重要な要素の一つが、「前方後円墳」という独特の墳墓形式である。前方後円墳とは、円形の墳丘(後円部)と方形の墳丘(前方部)を組み合わせた、日本独自の古墳形式である。上空から見ると、その形は鍵穴のような形状をしており、これは世界的に見ても極めて特異な墳墓形式である。

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